ドイツ語質問箱

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丁寧な依頼 konnten,koennten,wuerden 引用
  2015/8/30 (日) 01:52:09 - Kaninchen aus 札幌 - No.1440867129
Grüss Gott,Herr Tanaka !

Could you bring us some coffee a little bit later,please?を某翻訳サイトで
独訳すると
Konnten Sie uns etwas Kaffee ein kleines bisschen bitte bringen ?
と算出されますが、
このKonntenが腑に落ちません。Könntenの方が宜しいと小生は思うのですが、
先生のご見解はいかがでしょうか?

あと「丁寧な依頼」として
Würden Sie es bitte tun ? それをしてくださいますか?
という文を参考にして
Würden Sie uns etwas Kaffee ein kleines bisschen bitte bringen ?
としますとKönnten Sie...とした場合との差は変わってくるのでしょうか?
ご教示して頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。

返信1 返信-1
 2015/8/30 (日) 01:58:59 - Kaninchen aus 札幌 - No.1440867129.1
英文の和訳は
もう少しあとで、コーヒーを持ってきて頂けますか?

算出された独訳文は
Konnten Sie uns etwas Kaffee ein kleines bisschen spaeter bitte bringen ?
とspaeterが抜けておりましたことをお詫び申し上げます。

返信2 返信-2
 2015/9/2 (水) 14:33:33 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1440867129.2
Könnten Sie ...? と Würden Sie ...? ですが、母語話者(の一人)に尋ねたことがあり
ますが、差は sehr fein だそうです。その人は、würden Sie のほうは堅い印象があるの
で個人的には könnten Sie を使うのだ、と言っていたような気がします。
言語学的にどちらがどう違うのか、というのは、ちょっとわかりません。ご期待に沿える
回答ができず申し訳ありません。

返信3 返信-3
 2015/9/2 (水) 14:56:57 - Kaninchen aus 札幌 - No.1440867129.3
Guten Tag !

田中先生に「申し訳ありません」と仰られるとこちらとしましても困惑いたしますが、
konnten Sie...は所謂翻訳サイトの些細な瑕疵と捉えて宜しいのですね。

この度はお忙しいところ、ご回答して頂きありがとうございました。
今後も一般常識を考慮しつつ、ドイツ語の質問をさせて頂きますので、宜しくお願い申し
上げます。では。

返信4 返信-4
 2015/9/2 (水) 15:01:21 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1440867129.4
あ、ごめんなさい。
konnten Sie ... の表記について、回答していませんでした。

これは、英語の could you をそのまま機械翻訳したのでしょう。could は can の過去
形、すなわちドイツ語では können の過去形の konnten である、と。

しかしながら、すでに könnten や würden への言及がありますように、could you ...?
は仮定法過去ですので、形は過去形でも、仮定法です。つまり、ドイツ語では、仮定法を
表す接続法にしなければなりませんので、konnten は適切とは言えない、ということにな
ります。

質問 引用
  2015/9/1 (火) 23:32:45 - ひろみ - <メール送信> - No.1441117965 - 返信コールON
はじめまして、分からないことがあって、インターネットで検索をしていたら、
このページにたどり着きました。
文法のテキストにArt und Weise (Modus)とあったのですが、辞書を引いてみたところ全部同じ意味でした。
この三つの言葉は同じ意味でもニュアンスや使い方に違いがあるのでしょうか。
もしくは限られた組み合わせなどがあったりするのでしょうか。
不躾に質問してしまい恐縮ですが、もしご存知でしたら、ご教授頂けたら幸いです。
よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2015/9/2 (水) 14:58:04 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1441117965.1
ご指摘の Art und Weise のような類義語の反復は「類語反復」と呼ばれています。これ
は、よく2つが1対となって使われるもので、もちろん Art も Weise も同じことなので
すが、これをセットで使うのです。Art und Modus や Modus und Weise のような組み合
わせになることはありませんので、Modus は、教科書の記述としては、カッコ書きの説明
だったのかもしれません。Art や Weise は古いゲルマン語由来なのでしょうが、Modus
はラテン語起源ですので、その点でも組み合わせは固定化してしまうのかもしれません。

なお、他には nackt und bloß (丸裸で) や voll und ganz (完全に) などがあり、これ
らも各々、類語 nackt ≒ bloß, voll ≒ ganz で構成されています。

精神障碍者+精神障碍者施設グループホーム 引用
  2015/9/1 (火) 17:49:36 - うさちゃん - No.1441097376
田中先生、こんにちは。

ぼくの知人がドイツ人に個人レッスンを頼みたいと思っているのですが、
「私は精神障碍者回復者として障碍者施設グループホームに居住しています。」と
ドイツ語翻訳サイトに翻訳してもらったところ、
Ich lebe persoenlich mit einer Unfaehigkeitsmoeglichkeitsgruppe nach Hause
als eine Meinungsperson mit einer Unfaehigkeit recuperator.
と翻訳されたのですが、正直'Unfaehig'という語が感じが悪いと申しております。
そこで、田中先生がもっと適切な言い方をご存じであれば、ご教示して頂きたいと
申しておりますがいかがでしょうか?
よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2015/9/2 (水) 14:44:06 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1441097376.1
unfähig というのは穏やかではない表現ですね。
障碍は、形容詞なら behindert、名詞なら Behinderung という語はよく見聞きします。
障碍者グループホームなら Behindertenheim などという語は検索してもヒットします。

専門家ではありませんので、これらの語がもつ細かなニュアンスは分かりませんので、一
般的に見聞きする表現としてはそのようになりそうだ、というお答えしかできませんが、
参考になれば幸いです。

返信2 返信-2
 2015/9/2 (水) 14:49:48 - うさちゃん - No.1441097376.2
こんにちは、田中先生

そうですか。やっぱり先生のご意見を伺って大変参考になりました。
ありがとうございます。

meinenの訳し方 引用
  2015/8/12 (水) 22:44:20 - ゆうすけ - No.1439387060
田中先生こんにちは。次の文章のmeinen〜wissenのつながりがわかりません。全体を和訳
していただけませんか?
Über japanische Angestellte meint man in Europa manches zu wissen: Sie gehen
nie vor dem Chef nach Hause.

返信1 返信-1
 2015/8/12 (水) 23:16:18 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1439387060.1
meinen は、zu不定詞句や dass文をとって、「〜しているような気でいる」「〜するもの
と思っている」というようなニュアンスの表現になります。

日本のサラリーマンについて、ヨーロッパの人々はその多くを知っている気でいる:日本
のサラリーマンは上司よりも先に退社することがない(という知識がそのひとつだ)。

という具合でしょうか。

返信2 返信-2
 2015/8/13 (木) 22:25:35 - ゆうすけ - No.1439387060.2
早速のご回答ありがとうございました。辞書にも載っていなかったので助かりました。

『エドガー・ジュネと夢のまた夢』の訳 引用
  2015/8/11 (火) 20:38:20 - ぼびこ - <メール送信> - No.1439292839 - 返信コールON
こんばんは。
下の文を訳しているのですが、難解で困っています。
4カ所教えてください。

―weil seine Worte(Gebärden und Bewegungen)unter der tausendjährigen Last
falscher und entstellter Aufrichtigkeit stöhnten―was war unaufrichtiger als
die Behauptung, diese Worte seien irgendwo im Grunde noch dieselben!
 So mußte ich auch erkennen, daß sich zu dem, was zutiefst in seinem Innern
seit unvordenklichen Zeiten nach Ausdruck rang, auch noch die Asche
ausgebrannter Sinngebung gesellt hatte und nicht nur diese!
  P.Celan『エドガー・ジュネと夢のまた夢』より

―その語たち(身振りや動作)は、千年ものあいだの、偽りの、ゆがめられた誠実さの重
荷でうめいているのだから―これらの語たちがどこかで結局のところは、なおも変わらぬ
ものであると主張されるのは、いかに不誠実であったことだろうか!
 そのように、太古の昔から、最も深いその内部で、自分自身をそれに向けて押し出そう
と(=表現しようと?)闘っているものたち(事物たち)には、あたえられ、そしてすっ
かり燃え尽きてしまった意味の灰がまだ取りついてはいるが、そればかりではない!と
と、ぼくは認めなくてはならなかった。

質問は以下の4点です。
@「どこかで」は「主張される」にかかっていくとみなしてよいでしょうか?
A「最も深いその内部」とは「闘っているものたち」の内部でしょうか?    
B「daß sich zu dem」と「nach Ausdruck」の箇所がよくわかりません。
  言葉のもつ一種のフュシス的な力を言っているのだろうと思われるのですが、わたし
の訳では的外れでしょうか?
C最後の「nicht nur dieseそればかりではない」は前半部分を受けているのでしょう
か?

お忙しい折、申しわけありません。急ぎませんので、よろしくおねがいします。

返信1 返信-1
 2015/8/12 (水) 16:43:52 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1439292839.1
"seine Worte" の "seine" が誰を指しているのかなど、背景がわかりませんでしたが、
とりあえず訳してみました。

「―彼の言葉たち(身振りや動作)は、千年ものあいだの、偽りでゆがめ押しつけられた
誠実さの重荷に苦しんだのだから―これらの言葉たちがどこか根本ではなお不変であると
いう主張ほど不誠実なものがあろうか!
そうして、私としても、太古の昔より内なるもっとも深いところで表現を求めて闘ってき
たものの仲間に、火の消えた解釈の灰までもが加えられてしまったことを、認めざるをえ
ない。加わるのはこれらの言葉たちだけだけで良かったのに!」

背景はわかりませんが、"seine Worte" にとって、「不変であること(=誠実であり続け
ること)」は押しつけられただけのイメージであり、またそれは事実に反している、とい
うことなのでしょうか。

ご質問の点についてですが、

> @「どこかで」は「主張される」にかかっていくとみなしてよいでしょうか?

「どこかで主張される」というつながりではなく、あくまでも主張の中身ですから、「ど
こか根底でなお同一である(irgendwo im Grunde noch dieselben)」というつながりを
考える必要があると思います。

> A「最も深いその内部」とは「闘っているものたち」の内部でしょうか?

そうだと思います。文法的には、zu dem, was ... nach Ausdruck rang, の不定関係代名
詞 was が、in seinem Innern の sein の先行詞だと思われますので。

> B「daß sich zu dem」と「nach Ausdruck」の箇所がよくわかりません。

この最後の文(So ... dieselben!)を、各種の修飾語句を除いて軽量化してみますと、

So mußte ich erkennen, daß sich zu dem, was nach Ausdruck rang, auch die Asche
gesellt hatte

となります。このうち、daß-文(daß 〜 hatte)の主語は die Asche で、動詞は sich
zu 〜 gesellen です。次いで、was(不定関係代名詞)で導かれた文(was 〜 rang)で
は、was が主語、動詞は nach 〜 ringen です。

> C最後の「nicht nur dieseそればかりではない」は前半部分を受けているのでしょうか?

この文章の中だけで完結するのであれば、diese は、seine Worte のことを指していると
しか考えられないと思います。あと、die Asche ausgebrannter Sinngebung というの
も、前半にある tausendjährigen Last falscher und entstellter Aufrichtigkeit のこ
とを指しているような印象を受けました。

参考になれば幸いです。

返信2 返信-2
 2015/8/12 (水) 19:05:09 - ぼびこ - <メール送信> - No.1439292839.2
田中先生

さっそくのご回答ありがとうございます!

"seine Worte" の "seine"は「人間の」という文脈にあります。もっと前から引用すべ
きでした。わかりにくくてすみません。

訳していただいた前半ですが、 im Grundeを「根本では」と訳されているのをみて、
迷ったあげくに慣用的に訳してしまったのですが、なるほどここが違うだけで全体の
意味がはっきりするんだなあと思いました。

 あと後半なのですが、先生が「闘ってきたものの仲間に」と訳されている「仲間」は、
言葉の仲間ですか?人間のですか?
 原文では、人間の言語という大きなテーマが抽象的に述べられている流れにあり、ここ
では、楽園の言語(絶対言語)が意識されているとすると、「意味の灰」というのが、太
古の昔、神からあたえられた一意的な意味をもつ語だったのが、バベルを経て、今では
すっかり本来の「意味」を焼失してしまった(でもまだ灰はちょっと残っているかも)、
その語たちが自ら表現を求めて闘ってきた、という感じにとることも可能でしょうか?

返信3 返信-3
 2015/8/12 (水) 22:30:44 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1439292839.3
まったく事情を踏まえておらず、失礼しました。また、勉強不足も露呈してしまいお恥ず
かしい限りです。
なるほど、人間言語のことだったのですね。神の怒りにふれたバベルの塔に絡めた解釈も
できそうですね。

返信4 返信-4
 2015/8/13 (木) 09:52:17 - ぼびこ - <メール送信> - No.1439292839.4
とんでもないです!こちらこそ、いつも不明確な質問でもうしわけありません。必要な
のは言語的な精確な読み(意訳でなく)なのですが、いつも壁にぶつかると田中先生に頼
ってしまいます。おかげさまでいつもほんとに助かります。
 「闘ってきたものの仲間に」は、太古からあり得べき「人間の言語」ととることも可能
なのですね。また前に進めます。
 ほんとうにありがとうございます。

verletzend 引用
  2015/8/6 (木) 18:49:02 - うなぎ - No.1438854542
こんにちは!
読んでいた本にこのような文がありました

Hey Dieter, das finde ich jetzt schon ein bisschen <b>verletzend</b>, dass du mir eine RundSMS
schickst.

verletzenの形容詞と思われる形は初めて見たのですが
辞書には載っていませんでした。
動詞が変化したのですか?

Ich finde tollなどは見た事があったのですが…。

教えてください。よろしくお願いします。

返信1 返信-1
 2015/8/8 (土) 01:22:49 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1438854542.1
ich finde ... が形容詞を必要とするのはご指摘のとおりで、verletzend が動詞から転
じた形容詞であるというのもその通りです。これは現在分詞と呼ばれるものです。

現在分詞や過去分詞は、動詞と形容詞の性質を「分有」するということで「分詞」と呼ば
れます。つまり、動詞に対応する形容詞と考えることができます。

現在分詞は能動的(たとえば verletzend なら「他者を怪我させる」)、過去分詞は受動
的(かつ完了)(verletzt なら「傷つけられた」)です。

返信2 返信-2
 2015/8/12 (水) 17:35:53 - うなぎ - No.1438854542.2
現在分詞だったのですね。
ありがとうございます!
現在分詞、過去分詞を復習します。

このEsは一体? 引用
  2015/7/29 (水) 17:31:26 - クルテク - No.1438158686
初めまして!
ドイツ語が母国語の方に聞いてもそういうものだと言われ理解できなかったので質問させてください。

こちらのサイトの2段落目の
http://www.dw.com/de/merkelstreichelt/a-18597643

Es müssten auch einige wieder zurückgehen....ですが
esはどういった役割なのでしょうか。どうして必要なのでしょうか。
いくらかの難民はまた元いた場所へ戻らねばならないとメルケル首相は言っていたという意味はなんとなく読み
取れましたが、esがよく分からないままです。esではなく”難民”を主語にしたらいいだけなんじゃないかと思っ
てしまって。

Es regnetのようなesなのか…es ist wichtigのesなのか…と訳が分からなくなってしまったので
教えていただけるとありがたいです。

宜しくお願いします。





返信1 返信-1
 2015/8/1 (土) 13:37:08 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1438158686.1
「そういうものだ」という答えは、面白いですね。日本語についての質問を日本人が受け
ても、それ以上の説明はできないというのが自然な反応だろうと思います。

文法的には、ご指摘の通り、"Einige müssten wieder zurückgehen." としても何ら問題
はありません。
es が文頭に来ているのは、文法上の要請ではなく、意味や情報構造のため、ということ
になると思います。

なお、文法上の要請として es が必要なのは、Es regnet. の es や、Es wird auch am
Sonntag gearbeitet.(自動詞の受動態)に見られる es のように、主語を埋めるものが
ないので es で埋めるという、いわゆる「埋め草の es」です。

今回のご質問の文では、他に主語になれるものがないわけではない(einige を主語にす
れば済む)ので、「埋め草」とは言えませんね。
ただし、主語ではなく、「文頭をわざと空けたい」というときの「文頭の埋め草」と考え
ることはできます。

ご存知の通り、ドイツでは、文頭には常に主語が来なければならないわけではなく、むし
ろ文全体の主題(その文が何について述べられているのか)が来ます。主語が文頭に来や
すいのも、それが文全体の主題であると認識されやすいからです。ただ、他にも Heute
habe ich ... のように heute(時間副詞)も文頭に来やすいです。時間を指定すること
で、できごとを断片化することができるからです。あと、In Japan ..., aber in Europa
...(日本では〜だが、欧州では〜だ)のように「対比的」に示されるものも文頭に来ま
す。これも、対比されている範囲を文のはじめに宣言するためです。

そのように考えますと、Einige müssten wieder zurückgehen. では、「難民の中には、
またドイツ国外に出てもらわないといけない人たちもいると言わざるをえない」という中
立的な意味になります。主語=主題ですから、「難民(の一部)は・・・」という舞台設
定に対して、「また国外へ出てもらわなければ」という述語部分のみが主張の核となります。

これを、主題(文頭)をカラっぽにする(es で埋める)と、「・・・は」の部分がなく
なります。つまり、(es を除く)文全体が主張の核となるのです。これは、わざと、文
全体の主張を際立たせるときに用いられる手法です。「ルビンの壺」という有名な図があ
ります(検索して調べていただくとすぐにヒットすると思います)。黒い部分に着目する
と「壺」が浮かび、白い部分に意識を集中すると「向かい合った2人の顔」が浮かび上が
ります。これは、着目・意識を集中しているところが「前景」、意識されないところは
「背景」として説明されます。

上で説明したことを「前景」「背景」で言い直すと、Einge müssten wieder
zurückgehen. では、einige が「背景」、「前景」は müssten wieder zurückgehen で
す。Es müssten wieder zurückgehen. では「背景」は無し(!)、「前景」は müssten
einige wieder zurückgehen となります。

返信2 返信-2
 2015/8/3 (月) 21:24:33 - クルテク - No.1438158686.2
大変分かりやすい解説、ありがとうございました。
esは文頭をあけたい時に埋め草として使っていた、
文全体の主張を際立たせる為だったのですね。
ようやく謎が解けました。



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