ドイツ語質問箱

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verdrießen 引用
  2014/8/23 (土) 16:14:59 - 西沢 みなみ - <aska1534512@yahoo.com.tw> - No.1408778099
こんにちは  

質問があります

verdrießen この言葉の使い方 教えていただけませんか?

人を怒らせる とういういみでしょう?

(私はタイワン人なのに、日本語は自分で学んでいるから、実に下手だ、お許し下さい、

  敬語もうまくできない、本当に申し訳ございません)

返信1 返信-1
 2014/8/24 (日) 02:51:14 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1408778099.1
ご質問の内容はよくわかりました。
はい、ご指摘の通り、verdrießen は、他動詞で、「誰かを不愉快にする、怒らせる、誰
かの気持ちを傷つける」などの意味で使います。
たとえば、Sein Benehmen verdrießt mich oft. (彼の態度は私をよく不愉快にする=彼
の態度を見ているとよく不愉快な気持ちになる)などのような用例があります。

また、「不愉快」から転じて、「〜することに嫌気を起こさない」という意味で、「労を
厭わずに〜する」という表現も目にします(sich4 es ... verdrießen lassen の形
で)。たとえば、Ich lasse mich es nicht verdrießen, zu dir zu kommen. (きみのと
ころに行くのに労は厭わないよ=喜んできみのところに行くよ。)のような感じです。

参考になれば幸いです。

返信2 返信-2
 2014/8/24 (日) 10:38:39 - 西沢 みなみ - <aska1534512@yahoo.com.tw> - No.1408778099.2
ご回答、ありがとうございます

田中さんの説明は、わかりやすくてすごいな!

これからもよろしくお願いいたします

初めまして 引用
  2014/8/19 (火) 17:27:41 - らいち - No.1408436861
田中先生、

初めまして。早速質問なのですが

「私は久しぶりにドイツ語を話す」
といったドイツ語を話したい時 、


Es ist mir nach langer zeit, Deutsch zu sprechen.
という文だと
ドイツ語を話したいようなニュアンスだ。
とドイツ人に言われました。
しかしどのあたりがドイツ語を久しぶりに
話したいようなニュアンスになっているのかが
よく分かりません。


あとドイツについてですが、
ドイツで職に着く時は
必ず日本で就職経験がないと働けないのでしょうか。
つまり、日本の大学を出てそのままドイツで就職することは
可能ですか?(ドイツの法律的に)



よろしくお願いします。

返信1 返信-1
 2014/8/20 (水) 13:00:46 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1408436861.1
「私はドイツ語を話す」は、「私はいま(から)ドイツ語を話す状況にあり、そして、そ
れが久しぶりのことである」という意味ですよね。このような場合、「久しぶり」かどう
かはひとまず置いておいて、「私はいま(から)ドイツ語を話す」という事実を伝えなけ
ればならないのだと思います。つまり、自分のことについて伝えようとするわけですか
ら、ich を主語にして、Ich spreche ... Deutsch. とする必要があるような気がします。

それに対して、es を主語にした es ist ..., Deutsch zu sprechen. は、自分のことで
はなく、状況(es)について伝えようとしている印象を受けます。直訳すると、「私に
とってドイツ語を話そうかなと思わせる状況があり、そして、それが久しぶりのことであ
る」というニュアンスでしょうか。「私」が mir になっているのが大きいような気がし
ます(「私」が主格ではないため、自分の意志で、その状況をコントロールするような印
象がないわけです)。

あと、ドイツでの就職の件ですが、ドイツの労働法の知識がありませんので、よくわから
ないのですが、実例として、日本で就職経験がない人がドイツの企業で就職している例は
いくつか知っています。ただ、詳細を知っているわけではありませんので、それがどのよ
うな雇用形態か、などまではわかりません。何か勘違いや思い違いがあるかもしれませ
ん。ドイツ法に詳しいどなかかにさらにご質問をいただければと思います。よろしくお願
いします。

返信2 返信-2
 2014/8/20 (水) 20:14:40 - らいち - No.1408436861.2
田中先生の解説が分かり易すぎて、
鳥肌が立ちました。(笑)
日本語の直訳からドイツ語を組み立てようと
するからニュアンスがおかしな
ドイツ語になってしまうのかな〜と
気づきました。
ドイツ語の作り方、構成の仕方から
もう一度勉強し直そうと思いました。
本当にありがとうございました!

ドイツでの就職情報についても
お返事ありがとうございます。


ihnenについて 引用
  2014/8/18 (月) 22:26:55 - ぼびこ - <mie@coffee.ocn.ne.jp> - No.1408368415 - 返信コールON
田中先生

こんばんは。
また、よろしくおねがいします。
以下のツェランの短い6行詩になります。

DIE ABGEWRACTEN TABUS,
und die Grenzgängerei zwischen ihnen,
weltennaß, auf
Bedeutungsjagd, auf
Bedeutungs-
flucht.

解体しスクラップにされたタブーたち
そして、それらのあいだの境界歩行
世界たちに濡れ、
意味の追求、
意味の‐
逃走

(糸の太陽たち)

なるべく字義どおりに、ぎこちなくても語の位置もなるべく変えずに訳したいと思ってい
ます。
まず、2行目の「ihnenそれらに」は、ふつうには、前の行のTABUSを受けているはずだと
思いますが、ちょっと無理やりundの前後の流れを切ってしまい、「zwischen ihnen そ
れらのあいだ」、つまり「それら」という人称代名詞(が指示しているものたち)のあい
だ、と考えることは可能でしょうか?
つまり、「それ」という代名詞がたくさんある境界を歩いているイメージです。
あと、直訳として全体におかしいところがないか、みていただけたらありがたいです。
よろしくおねがいします。

返信1 返信-1
 2014/8/19 (火) 01:43:44 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1408368415.1
> 2行目の「ihnenそれらに」は、ふつうには、前の行のTABUSを受けているはずだと
> 思いますが

この部分を読む限りは、そうですね。ihnen = Tabus ということになるのだと思います。

> ちょっと無理やりundの前後の流れを切ってしまい

素朴な疑問なので、的外れであればご放念いただきたいのですが、どうして und の流れ
を切ってしまいたいのでしょうか?
ただ、ihnen が代名詞である以上は、それが指し示す相関語を探してしまいますので、実
際には und の流れをどうすれば切れるか、わかりません。ひとつ思いつくのは、ihnen
が代名詞ではなく、名詞であれば、お考えになっているような「それら」というものにな
るような気がします。ich では代名詞ですが、das Ich とすると「自我」となるのと似て
くるのではないでしょうか?ただし、ihnen は大文字にすると(Ihnen)敬称二人称に
なってしまいますので、果たして「それら」という意味の das Ihnen というのが成り立
つのかどうか、ちょっとわかりません。

直訳につきましては、weltennaß をどのように訳せば良いのかわかりません。welten- の
-en- は複数形を念頭においた接中辞だとして、weltenbekannt = weltbekannt のような
例もありますので weltennaß = weltnaß のように考えますと、weltbekannt (世界的に有
名な) と同列で考えて weltnaß (世界レベルで湿度が高い) というような感じになるので
しょうか?(Celan の専門家ではありませんので、気の利いた回答ができそうにありませ
ん。)

返信2 返信-2
 2014/8/19 (火) 20:23:54 - ぼびこ - <メール送信> - No.1408368415.2
さっそくのご回答、ありがとうございます。

確かにweltennaßには困り果て、水浸しの状態なのかと思っていました。
先生の「世界レベルで湿度が高い」は腑に落ちました。
「湿度」は、ツェランからハイデッガーやカフカにもつながります。
それから、ほんとにばかみたいな質問で恐縮していますが、指示代名詞の「それ」にもご
丁寧に回答してくださって感謝いたします。
指示代名詞は、言語的に対象を直接に名指しできる方法です。ツェラン自身がいうように
「それが飛び交った」とあり、この詩でも境界(抽象と具体)の間を「歩行」していま
す。本来の言語的使用は「スクラップ」にされています。

先生にもうひとつお聞きしたいのですが、erとesに大きな差異はありますか?
決定的な場面で、ツェランは「er,es それ、それは」の順に置き換えています。
「es」というとフロイトを思い出してしまうので、es のほうが、自立していて、いかに
も主体として換わりうる重要な感じがするのですが。
ほんとにわけわからない質問で、先生は混乱されていらっしゃると思います。すみませ
ん。
ツェランの場合、詩的(比喩的)に読むのではなく、言語的に読まなければならないと
わたしは考えています。
ほんとに先生くらい原文を読めたらどんなにいいか・・・。
それでもわたしなりの立場で今考えをまとめています。

すばらしいご助言いただけて、ほんとうに幸いです。


返信3 返信-3
 2014/8/20 (水) 12:46:39 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1408368415.3
ありがとうございます。
ツェランの詩には、恥ずかしながら、これまできちんと触れたことがありませんでしたの
で、とても勉強になっております。

> 「湿度」は、ツェランからハイデッガーやカフカにもつながります。
> ツェランの場合、詩的(比喩的)に読むのではなく、言語的に読まなければならない

このようなことも、初めて知った次第です。。。ハイデッガーやカフカの著作も、きちん
と読んだことがないのがばれてしまいました。担当しているゼミで題材にして読んでみた
いと思います。
「指示代名詞」については、「代名詞」である以上、名詞の「代役」として働くため、言
語的には脇役のように(これがスクラップ?)扱われがちですが、「抽象」と「具体」の
間を行き来できるものとして、大切に扱われているのですね。

> erとesに大きな差異はありますか?

文法的には、大きな差異としましては、es は4格の場合、文頭に来ることができない(=
(a))、という事実があります(1格の場合は大丈夫です)。er のほうは、4格 ihn は文
頭に来ることができます。また、非人称の場合、es は1格であっても文頭以外の場所では
脱落してしまう(=(b))ことも多々あります。

(a) *Es habe ich eilig. (Ich habe es eilig. は okay)
(b) Es friert mich. = Mich friert. (Mich friert es. は稀。)

やはり、es は非人称として用いられることが大きいですね。er のほうには非人称の用法
がありませんので、es のほうの抽象性がよけいに際立っているのかもしれません。

ひとつの語をとってみても、いろんな用法があり、様々な日本語に対応(場合によって
は、日本語の対応語がない)しますので、詩や文学作品、新聞記事など、多様な実例にた
くさん触れることが必要です。その意味で、ツェランの詩は、私にとっては、読むのは実
に難解ですが、毎回勉強になっています。

返信4 返信-4
 2014/8/20 (水) 13:27:15 - ぼびこ - <メール送信> - No.1408368415.4
先生、ご回答ありがとうございます。

>es は非人称として用いられることが大きいですね。er のほうには非人称の用法
がありませんので、es のほうの抽象性がよけいに際立っているのかもしれません。

より抽象的、なんですね。とても参考になります。
ローゼンツヴァイクが指示代名詞の役割について、「救済の星」で書いているのですが、
ツェランが熟読していたことをつい最近知りました。

他のご回答の部分も大事にしながら検証してみます。
かさねて感謝いたします。

glaube, finde, denke, meine の使い方について 引用
  2014/8/18 (月) 04:55:35 - Kaninchen - No.1408305335
田中先生、おはようございます。
最近、マルセイユのメル友から以下の文章が届きました。
...Und es ist sehr wichtig, dass ich gut verstehe, wer Du gewesen bist und wer
Du heute bist !
Das ist nicht so leicht, dennoch schaffe ich es, glaube○ ich !^^
Ich finde ○ es wirklich wunderbar und äußerst wichtig, dass Du mir allmählich
all Deine Geschichte erzählst !
Ich denke○, dass es Dir vielleicht Gut tut, dies alles zu einer Person sagen
zu können, nicht wahr ?????
Also a bientot Kaninchen !
これら○○○、glaube,finde,denkeはそれぞれ使い分けする理由があるのでしょうか?
※ここにはありませんが、meineも合わせて、
先生のご解釈を教えて頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2014/8/19 (火) 01:16:06 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1408305335.1
難しいですね。

glauben というのは、「〜を信じる」という意味がありますので、引用してくださってい
る例ですと、"dennoch schaffe ich es" (それができるだろう) という「可能性を信じ
る」というようなニュアンスがあるような気がします。denken では、その「自分なりに
自分の可能性を信じている」というような信念のようなものが出にくいのかもしれませ
ん。言い換えると、「可能性」をぼやかすことで、glauben は少し「自信がないこと」に
ついて述べるとか、そんなところにも通じるかもしれません。とはいえ、ここは denken
でも良いのだと思います。

denken は、まさしく「考える、思考する」ということで、Ich denke, also bin ich. と
いう場合の「思考すること」ということになるのだと思います。「自分がそのように思っ
ている」ということ(そのもの)について断定的に述べるような印象があります。

meinen も「思う」となりますが、名詞 Meinung (意見) の意味を考えてみても、どちら
かというと思っていることを言語化する(sagen と同じ)ことに重きがあるのかな、とい
う印象です。Was denken Sie? (どう思いますか?) というのもありますが、Was meinen
Sie? だと、「さあ、あなたは何と言う?」と、発言をとても期待しているようなニュア
ンスがあるような気がします。もっとも、では glauben や denken がまったく「心の
内」を外に表出しないかというとそうではありませんが。あと、「〜のことを意味する
(意図する)」というような使い方もありますね(Meinung の第二義「意図、指図」)。

finden は、様態を表す形容詞が来た場合に「〜と思う(評価する)」という意味にな
り、そうでなければ「〜を見つける」という意味ですので、これが glauben, denken,
meinen と違って dass文をとれない、という違いがあるような気がします。

私自身も、なにか明確な使い分けの基準を知っていて、使い分けられているわけではあり
ませんので、難しい問題です。

返信2 返信-2
 2014/8/19 (火) 19:23:01 - Kaninchen - No.1408305335.2
こんばんは、田中先生
このたびは早速の温かいお返事していただきありがとうございました。
不束な者ですが、今後も『ドイツ語道』を精進して参りたいと思っておりますので、
よろしくお願い致します。

Le Temps des Cerises wurde zum Symbol... 引用
  2014/8/1 (金) 21:49:37 - Kaninchen - No.1406897377
田中先生、お久しぶりです。
dochの訳し方を中心とした和訳の質問です。
1)Le Temps des Cerises wurde zum Symbol der gescheiterten,doch nicht für immer
verlorenen Revoltion.
訳:さくらんぼが実る頃は破綻したが、永久には忘れられなかった革命の象徴になっ
た。?
2)Und kommt sie zu euch, die Kirschenzeit,dann seid ihr,wie wir es
waren,bereit.
訳:そしてさくらんぼの季節が諸君のところにくると、諸君は、僕らがそうだった?よう
に、諸君は心構えができている。
Gewiss, doch, sie kommt, die Kirschenzeit,
wenn die Nachtigall klagt, die Spottdrossel singt
in das Lied der Commune.
訳:確かに、しかし、???さくらんぼの季節がやってくる、
ナイチンゲールが嘆き、マネシツグミが歌うと ?
コミューンの歌の中へ ?? 
singenとin das Lied。。。はどのように訳せばよろしいのでしょうか?
以上独文和訳のご添削をして頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。

返信1 返信-1
 2014/8/12 (火) 09:51:01 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1406897377.1
> 1)Le Temps des Cerises wurde zum Symbol der gescheiterten,
> doch nicht für immer verlorenen Revoltion.
> 訳:さくらんぼが実る頃は破綻したが、永久には忘れられなかった革命の象徴になった。?

"Le Temps des Cerises" というのは、フランス語ですが、これはドイツ語の文の中にそ
のまま入ってきていますが、どういうことでしょうか(引用符などが付いていないでしょ
うか?)。「さくらんぼの実る頃」というのは、1860年代に発表されたシャンソンの題名
でもあるようで、またこの時期はパリ・コミューンによる「革命」(1870年代)とも時期
が重なります。

このシャンソンとパリ・コミューンをつなげることが書かれているとしましたら、「さく
らんぼの実る頃」を二重カッコ(『』)で括って、「『さくらんぼの実る頃』は、失敗に
終わったが、しかし永久に失われたわけではなく革命(パリ・コミューン)の象徴となっ
た。」という感じになるのではないかと思います。

> 2)Und kommt sie zu euch, die Kirschenzeit, dann seid ihr,
> wie wir es waren, bereit.
> 訳:そしてさくらんぼの季節が諸君のところにくると、諸君は、僕らがそうだった?
> ように、諸君は心構えができている。

「僕らがそうだったように」というのが具体的に(wir が誰を指して、ihr は誰を指すの
でしょうか?)どのような状態を表しているのかはわかりませんが(パリ・コミューンの
時代のこと?)、訳すとすれば、訳されているものでよろしいのではないかと思います。

> Gewiss, doch, sie kommt, die Kirschenzeit, wenn die Nachtigall klagt,
> die Spottdrossel singt in das Lied der Commune.
> 訳:確かに、しかし、???さくらんぼの季節がやってくる、
> ナイチンゲールが嘆き、マネシツグミが歌うと ?
> コミューンの歌の中へ ??

gewiss は、doch を係り結びとなって、「確かに〜ではあるが、しかし…」という用法で
使われるもののように思われます。しかし、この場合、gewiss が何を「確かである」と
しているのか不明です。2)でご質問いただいた箇所を受けていると考えると、前後関係
がつながりませんので、もしかすると2)とこの gewiss の箇所の間には、まだ(今回は
触れられていない)テキストがあるでしょうか?
in das Lied のところは、「結果表現と用いる singen」というのがあり、たとえば "Ich
singe das Baby in den Schlaf." (子守唄を歌って、赤ちゃんを眠りに導く) といったよ
うなものがありますので、それからの類推ですと "die Drossel singt [uns] in das
Lied der Commune" (ツグミが歌うことによって、[私たちは] コミューンの歌へと誘われ
る) というような解釈が可能になるのかもしれません(uns が省略されている?)。

いま一つの可能性は、in das Lied の直前にコンマがあって、この in das Lied は
singt からは切り離されていて、die Kirschenzeit kommt ... in das Lied der Commune
となっているかもしれないということです。動詞 kommen が「行き先」となる句をとるこ
とは自然ですので、「コンマが落ちている」というようなことを想定してよろしければ、
このような解釈もできると思います。

ちなみに、この Commune はドイツ語では K- でつづりますが、これはタイポでしょう
か、あるいはこれは先のパリ・コミューンのことそのものを指しているために、"Le
Temps des Cerises" と同様にわざとフランス語が使われているのでしょうか。

以上、参考になれば幸いです。

返信2 返信-2
 2014/8/13 (水) 20:23:22 - Kaninchen - No.1406897377.2
田中先生、こんばんは。

○はい、引用符はついておりません。
○はい、私が記載していないテキストがありました。
○いいえ、タイポではありません。
○はい、わざとです。
大変参考になりました。田中先生の無償のご教鞭を承り、私は宇宙一の果報者です。
今後もよろしくお願い致します。

esについて 引用
  2014/8/10 (日) 19:44:26 - ぼびこ - <mie@coffee.ocn.ne.jp> - No.1407667466 - 返信コールON
こんにちは。
久しぶりによろしくお願いします。
いまパウル・ツェランのエッセーを読んでいます。
ふつう翻訳のとき重要視されない指示代名詞をあえて訳す試みをしています。
以下の4つの質問ですが、どうぞ先生のお考えをお聞かせください。

@最初の太字のesですが、「diese Sprache言葉」の言い換えとみなし「es それ」が
「um  Präzision」にかかっていくとみることは可能でしょうか?
Aまた、ふたつめの太字の文のes が関係代名詞demによって、大文字のIchに置き換わ
 っていると仮定して、以下の訳のように読むことはできますか?
 もちろん、変な訳になりますが、es をフロイトのエスに近いものとして、主格になる
 ものとして読んでみています。
Bes とsie, またer は「それは」と同じく訳せますが、使い方に違いはありますか?

<b>Diese Sprache geht es</b>,bei aller unabdingbaren Vielstelligkeit des
Ausdrucks, um Präzision. Sie verklärt nicht,《poetisiert》nicht,sie nennt und
setzt, sie versucht, den Bereich des Gegebenen und des Möglichen auszumessen.
Freilich ist hier niemals die Sprache selbst, die Sprache schlechthin am Wwrk,
sondern immer nur ein unter dem besonderen Neigungswinkel seiner Existenz
sprechendes<b> Ich,dem es um Kontur und Orientierung geht</b>. Wirklichkeit ist
nicht, Wirklichkeit will gesucht und gewonnen sein.

この言葉(エス)は、精確さに関わっています、どんなに表現の多義性がなくてはならな
いものであったとしても。それは、美化せず、「詩化」せず、それは名づけ、定めます、
それはあたえられたものと可能なものの領域を測ろうと試みます。もちろん、ここでは言
葉自身、正真正銘の言葉が働いているのではなく、<b>輪郭づけと方向づけに関わるエ
ス、お
のれの存在の特別な傾斜角のもとで語る「わたし」</b>が関わっているのです。現実は存
在し
ません、現実は探しもとめられ、獲得されるのです。

C下の文に出てくるesはすべて同じものと考えてよいでしょうか?
 また、Sie sehen es は「おわかりですね」くらいなのかもしれませんが、「あなたは
それが見えます」とするのは文法的にムリでしょうか?

<b>Es</b> war,<b> Sie sehen es</b>, Ereignis, Bewegung, Unterwegssein,<b> es
</b>war der Versuch, Richtung zu gewinnen.Und wenn ich <b>es</b> nach seinem
Sinn befrage, so glaube ich, mir sagen zu müssen, daß in dieser Frage auch die
Frage nach dem Uhrzeigersinn mitspricht.

語るため、自分を位置づけるため、自分を見出すため、そして自分を方向づけるため、自
分に現実を投げるために。
あなたはそれが見えます、それは、出来事、身振り、どこかへ行く途上にあること、でし
た、それは方向を得るための試みでした。そして、もしその意味について問うならば、そ
の問いのなかには時計の針の意味のそれも答えなくてはならないと思います。

いろいろもうしわけありません。
よろしくお願いします。

返信1 返信-1
 2014/8/12 (火) 10:30:21 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1407667466.1
ご質問の@とAにあります es は、"es geht 〜(3格) um ...(4格)." という表現で、「〜
にとっては...が問題である」と訳される(ことが多い)ものです。

なお、@でご指摘の箇所の "diese Sprache" は "dieser Sprache" ではないでしょうか?
この文の主語は es で、定動詞が geht です。gehen は自動詞ですから、diese Sprache
ですと文法的に合いません(es が主語ですから、diese Sprache が1格であることはな
く、また、自動詞は4格目的語をとりませんので diese Sprache が4格である可能性もあ
りません)。

> @最初の太字のesですが、「diese Sprache言葉」の言い換えとみなし「es それ」が
> 「um  Präzision」にかかっていくとみることは可能でしょうか?

この場合の es は、上述のとおりの構文で用いられる、文法的には「非人称主語」と呼ば
れるものです。非人称というのは、何かの名詞句をうける代名詞になっているわけではな
いということを指します。つまり、diese Sprache (dieser Sprache でなければ文法的に
は合わないのですが) を es が受ける、ということは考えならないと思います。(「この
言語にとっては、精緻さが重要である。」)
また、女性名詞である Sprache が es で置き換えられるということも、文法的に言えば
不可能です。

> Aまた、ふたつめの太字の文のes が関係代名詞demによって、大文字のIchに置き換わって
> いると仮定して、以下の訳のように読むことはできますか?
> もちろん、変な訳になりますが、es をフロイトのエスに近いものとして、主格になる
> ものとして読んでみています。
> 輪郭づけと方向づけに関わるエス、おのれの存在の特別な傾斜角のもとで語る
> 「わたし」
が関わっているのです。

関係代名詞 dem が大文字の Ich を先行詞にとる、というのはそうなのですが、@のとこ
ろと同じ話として、Ich が es に置き換わっているというのは考えられません。もし es
が Ich の置き換えであるならば、dem (関係代名詞) も、また主語の es もいずれも Ich
を指すということになり、この場合、1格と3格が同一のものを指しますので、再帰構文に
なってしまうのではないでしょうか。

> Bes とsie, またer は「それは」と同じく訳せますが、使い方に違いはありますか?

es, sie, er は、それぞれ順に中性名詞、女性名詞、男性名詞を受ける代名詞ですので、
日本語の「それは」という表現に性別の情報を盛り込めない以上、表面上はいずれも「そ
れは」としかできませんので、ご指摘のとおりです。使い方の違いとしては、今書きまし
たように、受ける名詞の性別の違い、ということになります。(ご質問の主旨を正しく理
解できていないかもしれません。そのときはご指摘ください。)

> C下の文に出てくるesはすべて同じものと考えてよいでしょうか?
> また、Sie sehen es は「おわかりですね」くらいなのかもしれませんが、「あなたは
> それが見えます」とするのは文法的にムリでしょうか?

二回出てきます es war ... の es は非人称ではなく、中性名詞の代名詞かもしれませ
ん。もしも非人称主語であれば、 es waren Ereignis, Bewegung, Unterwegssein
などのように、補語が複数の場合、定動詞も複数形の人称変化をします。主語が非人称な
のですから、定動詞の人称変化には影響を及ぼさない、と考えれば良いです。

befragen の目的語の es は、befragen は他動詞ですので、4格目的語は「誰かに尋ね
る」というときの相手を意味します。そうしますと、es は「es に尋ねる」ということに
なりますので、(具体的に何を指すのかはわかりませんが)人称代名詞である可能性が高
いです。このことは、nach seinem Sinne とあることからも裏付けられます。es
が中性名詞を指す人称代名詞だからこそ、中性名詞の所有冠詞 sein- が用いられている
と考えられるからです。

最後に、Sie sehen es の es は、ご指摘のとおり、「おわかりですね」ぐらいの意味で
あれば非人称目的語ということになりますし、人称代名詞であれば「あなたにはそれが見
えます」と訳すことも可能になってきます。この箇所の es が人称代名詞なのかどうか
は、先行するテキストに es の先行詞があるのか、ないのか、を見ないとわからないよう
な気がします。

結論としましては、Sie sehen es の es が非人称目的語か人称代名詞かは不明ですが、
es war ... の es (2カ所) は非人称主語、Ich befrage es nach ... の es は人称代名
詞であろうと考えられますので、「すべて同じもの」ではない、というのが答えになります。

返信2 返信-2
 2014/8/12 (火) 10:43:52 - ぼびこ - <mie@coffee.ocn.ne.jp> - No.1407667466.2
明快なご説明、ほんとうにありがとうございます。
いつも変な質問ですみません。でもとても助かっています。
ご指摘いただいたことをふまえつつ、もう一度読んでみます。
また質問させていただくかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

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