ドイツ語質問箱

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接続法第2位? 引用
  2015/1/10 (土) 16:43:38 - まめ - No.1420875818
初めまして
質問なのですが下記の文

Schüchtern Krümmte es sich zwischen Fischfilet und Kroketten,
so dass ich es beinahe übersehen hätte.→ここの文は接続法第2位なのでしょうか

参考書等見ましたがいまいちしっくりきません。

返信1 返信-1
 2015/1/10 (土) 23:33:45 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1420875818.1
> Schüchtern Krümmte es sich zwischen Fischfilet und Kroketten,
> so dass ich es beinahe übersehen hätte.→ここの文は接続法第2位なのでしょうか

主語の es が何を指しているかはここからは読み取れませんので、的外れなことを言って
いるかもしれませんが、少なくともご指摘の箇所は接続法第2式です。
これは非現実話法として用いられるものですので、現実的には「それを見落とさずに済ん
だ(見つけることができた)」のであるが、「すんでのところで見落とすところであっ
た」ということが言われているわけです。それは、あまりに「控えめに(schüchtern)隠
れていたから」、ということです。

副詞 beinahe は「ほとんど、すんでのところで」という意味のもので、よく非現実話法
(接続法2式)で用いられます。beinahe を辞書でひいたり、例文を探したりした場合、
比較的に容易に接続法の例文も見つかるのではないかと思います。

1格?4格? 引用
  2014/12/15 (月) 21:34:00 - era - No.1418646840
田中先生お願いします。

よく日本語で「〜はわたしだ」という言い方をしますが、ドイツ語にそのまま置き換える
と「〜ist mich」というような言い方で良いのでしょうか。
例えば「あなたの妻はわたしだ」という文をそのまま訳すると「Deine Frau ist mich.」
で問題ないでしょうか。あるいはmichの部分はichの方が正しいのでしょうか。

Ich bin deine Frau.あるいはDeine Frau bin ich.の方が個人的にはしっくりくるのですが。

返信1 返信-1
 2014/12/16 (火) 13:23:09 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1418646840.1
動詞 sein は、補語に名詞が来る場合には、1格主語と同格の名詞しかとることができま
せん。主語と補語が同格であることから、動詞 sein は繋辞(けいじ)と呼ばれることも
あります。そのため、"... ist mich" という形はできません。
そうすると、「私」は、(動詞を sein にする限りは)ich という1格形を使わなければ
ならず、そしてそのときの sein の現在人称変化は bin ですから、ich bin という形し
かないことになります。

その結果、ご指摘のように、Ich bin deine Frau. か Deine Frau bin ich. が適切な表
現となります。なお、「あなたの妻、それは私だ」のように Deine Frau, das bin ich.
とするような方法もあります。一旦 deine Frau と言っておいて、それを改めて指示代名
詞の das で受け直すのです。

es の省略 引用
  2014/12/9 (火) 11:02:11 - 小倉道雄 - <mogur.hmj.@asahi.email.ne.jp> - No.1418090531
次の文章中の下線部分は es の省略と解してよろしいでしょうか。
Viele Produkte, die in Europa unter dem Namen "Wasabi" verkauft werden, enthalten nämlich tatsächlich
kein oder nur ein bisschen Wasabi. Der Rest ist häufig Senf und grüne Farbe.
Auch hier zeigt sich also: Wenn man etwas aus der Hand gibt, gerät es leicht aus Kontrolle.
(R.Zöllner: Mein liebes Japan!, NHK 出版, 2013 より)

返信1 返信-1
 2014/12/10 (水) 12:46:09 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1418090531.1
> 次の文章中の下線部分は es の省略と解してよろしいでしょうか。
> Auch hier zeigt sich also: Wenn man etwas aus der Hand gibt, gerät es leicht aus Kontrolle.

はい、文法的には主語が要りますから、es が本来はあり、それが省略されていると考えることができそうで
す。あるいは、das folgende (「次のこと」) のようなものを想定しても良いかも知れません。
es が省略されている代わりに、Doppelpunkt 以下(Wenn 〜 Kontrolle. の一文)が sich zeigen の主語に
なっている、とも考えることができますので、理屈は同じことです。

月日の読み方 引用
  2014/12/6 (土) 19:38:12 - 小倉道雄 - <mogur.hmj.@asahi.email.ne.jp> - No.1417862292
次の独文について、月日に相当する部分の読み方を教えてください。
Am 1.1. (Neujahr) feiert noch die ganz Familie. Der 3.3. (das Puppenfest) ist traditionell ein Feiertag für
Mädchen, der 5.5. für Jungen. (R.Zöllner: Mein liebes Japan!, NHK出版, 2013 より)

返信1 返信-1
 2014/12/6 (土) 22:44:42 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1417862292.1
月日は、序数(「何番目」を表す数字の表現)を用います。算用数字(文法用語では「基
数」といいます)に Punkt (.) が打ってあるのが序数のしるしです。

序数の作りかたは、1〜19 までは基数に -t をつけ、20以上では基数に -st をつけま
す。ただし、1., 3., 7., 8. については不規則です。以下、抜粋して書きます。

基数(読み方)   序数(読み方)
1(eins)      1. (erst)
2(zwei)      2.(zweit)
3(drei)      3.(dritt)
4(vier)      4.(viert)
5(fünf)      5.(fünft)
6(sechs)     6.(sechst)
7(sieben)     7.(siebt)
8(acht)      8.(acht)
10(zehn)     10.(zehnt)
19(neunzehn)  19.(neunzehnt)
20(zwanzig)    20.(zwanzigst)
23(dreiundzwanzig)23.(dreiundzwanzigst)
30(dreißig)    30.(dreißigst)
99(neunundneunzig) 99.(neunundneunzigst)
100(hundert)  100.(hundertst)

1月1日の 1.1. は erst - erst ですが、実際には形容詞の語尾がつきます。序数は名詞
を修飾して使われる場合(付加語用法)、名詞の性・数・格に応じた語尾変化(付加語形
容詞の語尾変化です)が必要になります。たとえば、der という定冠詞(男性名詞・単
数・1格)の後では --e という語尾になりますので der 1.1. (= der erste erste)と
読みます。am の後ろでは、男性名詞・単数・3格であり、--en の語尾になりますので
am 1.1. (= am ersten ersten)となります。

また、変則的ですが、月のほうの 1. は Januar と読み替えることも現実的には可能だと
は思います。am 1.1. (= am ersten Januar)。

今回の引用では、
am 1.1. (Neujahr) --> am ersten ersten [Januar]
der 3.3. (das Puppenfest) --> der dritte dritte [März]
der 5.5. --> der fünfte fünfte [Mai]

となります。

話法の助動詞について 引用
  2014/11/30 (日) 01:16:47 - kenn - <メール送信> - No.1417277777
次の文を( )内の話法の助動詞を用いて書き換えそれを和訳しなさい







@Peter schwimmt gut (können)







AHans kommt gleich (sollen)







答えを教えていただけると助かります



回答よろしくお願いします




返信1 返信-1
 2014/11/30 (日) 16:56:27 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1417277777.1
ご投稿をありがとうございます。
せっかくなのですが、この掲示板は質問・疑問を受け付けるところですので、ご自身でで
きる範囲のところまで取り組んでいただき、それ以上手に負えないところ(…を疑問点
として扱い)があればお手伝いをさせていただければと思います。
ぜひ、今回の課題も、ここまではできた、この先はわからない、というように示していた
だければと思います。和訳も、話法の助動詞を使う前の(元の)文だけでも訳されるのは
いかがでしょうか。

Den falschen Aschenbecher benutzen とは? 引用
  2014/11/12 (水) 11:42:35 - Opa - <メール送信> - No.1415760155
田中先生

お久しぶりです。相変わらず質問箱ファンが多いようで何よりです。

www.rp-online.de の11月12日版のトップ記事に、金正日・正恩が並んだ写真の

キャプションに次のようにありました。全く意味がとれませんのでお尋ねしました。

Wer den falschen Aschenbecher benutzt, stirbt im Straflager.

返信1 返信-1
 2014/11/12 (水) 17:57:18 - 田中雅敏 - <mail@x-seminar.net> - No.1415760155.1
den falschen Aschenbecher benutzen は、文字通りには「(本来使うべきことになって
いるものとは)違う灰皿を使う」ということです。
wer は不定関係代名詞(先行詞がなく、wer 自体が先行詞と関係代名詞を兼ねています)
ですので、「違う灰皿を使う者は」という意味になります。この wer で始まる文そのも
のは副文(関係文ですので副文です)ですが、それが主文全体の主語になっています。

返信2 返信-2
 2014/11/14 (金) 06:38:35 - Opa - <メール送信> - No.1415760155.2
御回答有難うございました。

... , srirbt im Straflager. という後半部分を省略したので相変わらず意味不明で
折角のお答えを活かしきれませんでした。

返信3 返信-3
 2014/11/14 (金) 09:55:19 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415760155.3
「(本来使うべきことになっているものとは)違う灰皿を使う者は」が文全体の主語
なのですから、あとは「…は、刑務所で死ぬことになる」ということでしょう。

教えていただいた記事を読ませていただきましたところ、過去に誤って指導者の灰皿
を使ってしまった人が罰せられたことがあったようです。

返信4 返信-4
 2014/11/14 (金) 21:23:44 - Opa - <メール送信> - No.1415760155.4
田中先生

分かりました。 余計なひねくった(ヒネクレた)勘繰りで失敗しました。猛省。

etwasについて 引用
  2014/11/8 (土) 18:42:51 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595 - 返信コールON
田中先生、こんばんは。

よろしくおねがいします。
ツェランの講演「子午線」の一部なのですが、教えてください。
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares hatの部分はetwasに掛かっていくと思われるの
ですが、以下の訳でいいのでしょうか?

(・・・), da ist Lucile, die Kunstblinde, dieselbe Lucile, für die Sprache
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares hat, noch einmal da, mit ihrem
plötzlichen 《Es lebe der König!》

(・・・)、そこにリュシールはいる、芸術には疎いリュシールが、言葉のために人物的
な何か、そして知覚することのできる何かであるリシュールが、そこでさらにもう一度、
その唐突な叫び「王様、ばんざい!」とともに、リュシュールが。

変な訳ですが、リュシールの「王様、ばんざい!」が、まったく反対のことを言外に
言っているという背景があります。etwasという不定代名詞はすぐ前の Spracheとどう関
係があるのか、またPersonhaftesとhatは何なのかまったくわかりません。
「etwas何か、あるもの、哲学用語では存在」にPersonhaftesはどのような意味をもって
いるのか、ご教示ください。

返信1 返信-1
 2014/11/9 (日) 21:57:23 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.1
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares の部分は、ご指摘のとおり、personhaft と
wahrnehmbar という形容詞が名詞化され、2格となって、etwas に係っています。(例:
Ich habe heute etwas Neues gelernt. 今日、新しいことを知った。)

私が分からないのは、für die Sprache .... hat の関係文(だと思うのですが)におい
て、関係代名詞がどれか、ということです。一見すると、für die の die が Lucile を
先行詞とする関係代名詞のように見えます。その場合、"für die Sprache" は「言葉のた
めに」ではなく、"für die (= Lucile)" 「Lucile のために」+ "Sprache ... hat" 「言
葉というものは、人物的で知覚可能な何かを有している」というように解釈できます。た
だし、この場合、Sprache は無冠詞になってしまうのですが、抽象名詞的にとらえると無
冠詞でも良いのかも知れません。(あと、personhaft をどのような日本語に対応させれ
ば良いのか分からないのですが、「人物的」と訳されていますので、それに従っています。)

ひとまず、上記のように、hat が後置されている副文をどのようにとらえるのかを明らか
にすると、もう少し見えてくるような気がしますので、ご意見をお聞かせください。

返信2 返信-2
 2014/11/10 (月) 20:12:09 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.2
いつもありがとうございます。

―「Lucile のために、言葉というものは、人物的で知覚可能な何かを有している」。

Spracheが抽象名詞的なものというご見解によれば、「etwas何か」といわれるものとつ
ながるので、なるほどなあと思いました。
Lucileは、仏語訳でも、先生がおっしゃるように先行詞の位置にあります。日本語訳し
ますと、「言葉というものが、人物の何か、見ることの知覚することのできる何かを有す
るLucileのために」となっていて、先生とほぼ同じかと思います。
ちなみに、飯吉光夫氏の訳では「言葉というものが何か個人的なもの、身をもって感じ
とるものを意味してしまうリュシール」となっています。

 「etwas何か」は、次のツェランの詩の最初にあって、この詩に関係しているようにも
思われます。grußlosはふつう「挨拶なしに」ですが、辞書を引くとgrüßenには「見えて
くる」という意味がありました。grußlosを「見えてこないまま」とするのは、無理すぎ
でしょうか?また、質問してしまいもうしわけありません。

Etwas, das gehn kann, grußlos
wie Herzgewordenes,
kommt.

何ものか、行くことのできるものが、見えてこないままに、
心となったもののように、
やって来る。

返信3 返信-3
 2014/11/11 (火) 00:03:07 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.3
関係代名詞の件は、フランス語訳とも通じるところがあったようで、何よりです。

grußlos の件は、grüßen が「見えてくる」という意味を持つのは、「まるで挨拶をする
かのように眼前に見える」ということのようですので、根本的には「挨拶をする」という
意味から離れていません。やはり grußlos は「挨拶なしに」であって、意訳するならば
「無愛想に」とか「礼儀もなく」というように捉えることができるのではないでしょうか。

返信4 返信-4
 2014/11/11 (火) 13:15:08 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.4
ー「まるで挨拶するかのように眼前に見える」

このままいただけますでしょうか?
原義にいちばん近い意味で、このようであれば申し分ないです。
いつも貴重なご助言ありがとうございます。

返信5 返信-5
 2014/11/11 (火) 14:28:33 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.5
場面にあった訳語が見つかったようで、何よりです。
なお、「挨拶をするかのように眼前に」というのは、私のアイデアではなく、独和大辞典
(小学館)にある記述をそのまま使いました。参考まで。
grußlos がそのまま「見えてこない」を意味するわけではないと思いますが、使えそうな
ものは使っていただければと思います。

返信6 返信-6
 2014/11/11 (火) 19:07:26 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.6
了解いたしました。感謝申し上げます。

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