ドイツ語質問箱

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話法の助動詞について 引用
  2014/11/30 (日) 01:16:47 - kenn - <メール送信> - No.1417277777
次の文を( )内の話法の助動詞を用いて書き換えそれを和訳しなさい







@Peter schwimmt gut (können)







AHans kommt gleich (sollen)







答えを教えていただけると助かります



回答よろしくお願いします




返信1 返信-1
 2014/11/30 (日) 16:56:27 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1417277777.1
ご投稿をありがとうございます。
せっかくなのですが、この掲示板は質問・疑問を受け付けるところですので、ご自身でで
きる範囲のところまで取り組んでいただき、それ以上手に負えないところ(…を疑問点
として扱い)があればお手伝いをさせていただければと思います。
ぜひ、今回の課題も、ここまではできた、この先はわからない、というように示していた
だければと思います。和訳も、話法の助動詞を使う前の(元の)文だけでも訳されるのは
いかがでしょうか。

Den falschen Aschenbecher benutzen とは? 引用
  2014/11/12 (水) 11:42:35 - Opa - <メール送信> - No.1415760155
田中先生

お久しぶりです。相変わらず質問箱ファンが多いようで何よりです。

www.rp-online.de の11月12日版のトップ記事に、金正日・正恩が並んだ写真の

キャプションに次のようにありました。全く意味がとれませんのでお尋ねしました。

Wer den falschen Aschenbecher benutzt, stirbt im Straflager.

返信1 返信-1
 2014/11/12 (水) 17:57:18 - 田中雅敏 - <mail@x-seminar.net> - No.1415760155.1
den falschen Aschenbecher benutzen は、文字通りには「(本来使うべきことになって
いるものとは)違う灰皿を使う」ということです。
wer は不定関係代名詞(先行詞がなく、wer 自体が先行詞と関係代名詞を兼ねています)
ですので、「違う灰皿を使う者は」という意味になります。この wer で始まる文そのも
のは副文(関係文ですので副文です)ですが、それが主文全体の主語になっています。

返信2 返信-2
 2014/11/14 (金) 06:38:35 - Opa - <メール送信> - No.1415760155.2
御回答有難うございました。

... , srirbt im Straflager. という後半部分を省略したので相変わらず意味不明で
折角のお答えを活かしきれませんでした。

返信3 返信-3
 2014/11/14 (金) 09:55:19 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415760155.3
「(本来使うべきことになっているものとは)違う灰皿を使う者は」が文全体の主語
なのですから、あとは「…は、刑務所で死ぬことになる」ということでしょう。

教えていただいた記事を読ませていただきましたところ、過去に誤って指導者の灰皿
を使ってしまった人が罰せられたことがあったようです。

返信4 返信-4
 2014/11/14 (金) 21:23:44 - Opa - <メール送信> - No.1415760155.4
田中先生

分かりました。 余計なひねくった(ヒネクレた)勘繰りで失敗しました。猛省。

etwasについて 引用
  2014/11/8 (土) 18:42:51 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595 - 返信コールON
田中先生、こんばんは。

よろしくおねがいします。
ツェランの講演「子午線」の一部なのですが、教えてください。
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares hatの部分はetwasに掛かっていくと思われるの
ですが、以下の訳でいいのでしょうか?

(・・・), da ist Lucile, die Kunstblinde, dieselbe Lucile, für die Sprache
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares hat, noch einmal da, mit ihrem
plötzlichen 《Es lebe der König!》

(・・・)、そこにリュシールはいる、芸術には疎いリュシールが、言葉のために人物的
な何か、そして知覚することのできる何かであるリシュールが、そこでさらにもう一度、
その唐突な叫び「王様、ばんざい!」とともに、リュシュールが。

変な訳ですが、リュシールの「王様、ばんざい!」が、まったく反対のことを言外に
言っているという背景があります。etwasという不定代名詞はすぐ前の Spracheとどう関
係があるのか、またPersonhaftesとhatは何なのかまったくわかりません。
「etwas何か、あるもの、哲学用語では存在」にPersonhaftesはどのような意味をもって
いるのか、ご教示ください。

返信1 返信-1
 2014/11/9 (日) 21:57:23 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.1
etwas Personhaftes und Wahrnehmbares の部分は、ご指摘のとおり、personhaft と
wahrnehmbar という形容詞が名詞化され、2格となって、etwas に係っています。(例:
Ich habe heute etwas Neues gelernt. 今日、新しいことを知った。)

私が分からないのは、für die Sprache .... hat の関係文(だと思うのですが)におい
て、関係代名詞がどれか、ということです。一見すると、für die の die が Lucile を
先行詞とする関係代名詞のように見えます。その場合、"für die Sprache" は「言葉のた
めに」ではなく、"für die (= Lucile)" 「Lucile のために」+ "Sprache ... hat" 「言
葉というものは、人物的で知覚可能な何かを有している」というように解釈できます。た
だし、この場合、Sprache は無冠詞になってしまうのですが、抽象名詞的にとらえると無
冠詞でも良いのかも知れません。(あと、personhaft をどのような日本語に対応させれ
ば良いのか分からないのですが、「人物的」と訳されていますので、それに従っています。)

ひとまず、上記のように、hat が後置されている副文をどのようにとらえるのかを明らか
にすると、もう少し見えてくるような気がしますので、ご意見をお聞かせください。

返信2 返信-2
 2014/11/10 (月) 20:12:09 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.2
いつもありがとうございます。

―「Lucile のために、言葉というものは、人物的で知覚可能な何かを有している」。

Spracheが抽象名詞的なものというご見解によれば、「etwas何か」といわれるものとつ
ながるので、なるほどなあと思いました。
Lucileは、仏語訳でも、先生がおっしゃるように先行詞の位置にあります。日本語訳し
ますと、「言葉というものが、人物の何か、見ることの知覚することのできる何かを有す
るLucileのために」となっていて、先生とほぼ同じかと思います。
ちなみに、飯吉光夫氏の訳では「言葉というものが何か個人的なもの、身をもって感じ
とるものを意味してしまうリュシール」となっています。

 「etwas何か」は、次のツェランの詩の最初にあって、この詩に関係しているようにも
思われます。grußlosはふつう「挨拶なしに」ですが、辞書を引くとgrüßenには「見えて
くる」という意味がありました。grußlosを「見えてこないまま」とするのは、無理すぎ
でしょうか?また、質問してしまいもうしわけありません。

Etwas, das gehn kann, grußlos
wie Herzgewordenes,
kommt.

何ものか、行くことのできるものが、見えてこないままに、
心となったもののように、
やって来る。

返信3 返信-3
 2014/11/11 (火) 00:03:07 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.3
関係代名詞の件は、フランス語訳とも通じるところがあったようで、何よりです。

grußlos の件は、grüßen が「見えてくる」という意味を持つのは、「まるで挨拶をする
かのように眼前に見える」ということのようですので、根本的には「挨拶をする」という
意味から離れていません。やはり grußlos は「挨拶なしに」であって、意訳するならば
「無愛想に」とか「礼儀もなく」というように捉えることができるのではないでしょうか。

返信4 返信-4
 2014/11/11 (火) 13:15:08 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.4
ー「まるで挨拶するかのように眼前に見える」

このままいただけますでしょうか?
原義にいちばん近い意味で、このようであれば申し分ないです。
いつも貴重なご助言ありがとうございます。

返信5 返信-5
 2014/11/11 (火) 14:28:33 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1415439595.5
場面にあった訳語が見つかったようで、何よりです。
なお、「挨拶をするかのように眼前に」というのは、私のアイデアではなく、独和大辞典
(小学館)にある記述をそのまま使いました。参考まで。
grußlos がそのまま「見えてこない」を意味するわけではないと思いますが、使えそうな
ものは使っていただければと思います。

返信6 返信-6
 2014/11/11 (火) 19:07:26 - ぼびこ - <メール送信> - No.1415439595.6
了解いたしました。感謝申し上げます。

, der erste uebrigens der seine Gedanken ... 引用
  2014/10/17 (金) 18:12:35 - Kaninchen - No.1413537155
こんばんは、田中先生。
いつもお世話になっております。
出典:Sanshusha Hören macht Spaß! S.140 Z.14

So haben sich schon im Mittelalter Denker wie Meister Eckhart oder Hildegard
von Bingen und Albertus Magnus dieses passende Klima zunutze gemacht.
Ihnen folgten in der Neuzeit Geistesgrößen wie Leibnitz, Christian Thomasius,
der erste übrigens der seine Gedanken nicht mehr auf Latein, sondern auch auf
Deutsch verbreitete.
1)この最初のderはThomasiusを受ける関係代名詞なのでしょうか?
2)ersteの次に何かが省略されているのでしょうか?
3)seineの前のderは一体どのような意味と役割があるのでしょうか?
4)Ihnen以下の文を和訳はどのようになるでしょうか?
先生のご教授を頂ければ、幸いです。
よろしくお願いいたします。


返信1 返信-1
 2014/10/20 (月) 11:55:35 - 田中雅敏 - <mail@x-seminar.net> - No.1413537155.1
あまり自信はありませんが、思うところを書かせていただきます。なお、いただきました
ご質問4点は、互いに関係していますので、まとめて解説する形で、回答に代えさせてい
ただきます。

der erste は、Christian Thomasius と同格になっていますので、Thomasius の言い換え
ということになるのだと思います。省略しているものを補うとすれば Denker などでしょ
うか。

この der erste ではじまる文全体の定動詞(verbreitete)が後置されていることを考え
ますと、これは関係文ということになります。der seine Gedanken のところにある der
が関係代名詞(男性名詞・単数・1格)です。ただし、関係代名詞の直前にコンマが打た
れていませんので、それがわかりにくくなっています。その先行詞は der erste だと思
います。つまり、ここの部分を述語関係がわかるように書き換えますと:

(参考)[Christian Thomasius ist] übrigens der erste [Denker,] der seine
Gedanken nicht mehr (nur?) auf Latein, sondern auch auf Deutsch verbreitete.

という具合でしょうか。[...] で囲ってある部分が省略されているとすると、原文と同じ
になります(übrigens の位置が変わっていますが、der erste の前でもいいはずで
す)。これを訳すとすると、「トマズィウスは、ちなみに、自分の思想をラテン語だけで
なくドイツ語でも広めることを始めた哲学者でもあります。」という感じになるのだと思
います。

Ihnen 以下の訳は、「そのあと、近代に入ると、ライプニッツ、トマズィウスといった偉
人たちが続いた。ちなみに、トマズィウスは、自分の思想をラテン語だけでなくドイツ語
でも広めることを始めた哲学者でもある。」

返信2 返信-2
 2014/10/20 (月) 19:15:38 - Kaninchen - No.1413537155.2
こんばんは、田中先生

お忙しい中、ご回答していただきありがとうございます。

先生の文章は実に丁寧で、明解で、お美しいです。
ぼくが難問にぶち当たったのは、原文が解りにくかったのか、ぼくの杓子定規的に鈍重な
頭の非柔軟性のせいだったのか・・・と思っております。
 季節柄、お風邪などおひきませんようご自愛ください。

---------------------------------------------------
この前に田中先生に教えていただいた wissen.de というサイトは実に便利です。
例えばDeutsche Welleにrüstenなる単語がでてきましたが、
某「和独辞典」サイトで調べてみたところ、entsprechendな意味が見つかりませんでした
が、wissen.deで調べてみたら、aufrüstenと同義だと分かり、大いに役立っております。

ルンルン気分のぼくです。(^ω^)

In Zuneigung 引用
  2014/10/4 (土) 12:44:29 - Momo - No.1412394269
田中先生、こんにちは。

手紙やカードの結びの挨拶について質問があります。

私には、文通を続けているドイツ人の友人(年配の同性)がいます。

彼女からの手紙やカードの結びの挨拶は今までいつも、
「Alles Liebe」や「Viele liebe Grüße」などでしたが、
この度、「In Zuneigung」と書かれていました。

この単語は知らなかったので意味を辞書で調べましたが、
「Liebe」との違いや、ニュアンスがいまいちわかりません。

「Liebe」から「Zuneigung」へ変わりましたので、
もしかしたら私が何か失礼なことを書いたりして、
あまり快く思われなくなってしまったのではないかと、心配しております。

手紙の結びの挨拶にそこまで深い意味はないかも知れませんが、
この度新たに知った「Zuneigung」という単語について、とても興味があります。

どういった時に使う単語であるか、また結びの挨拶として
どのような意味になるのか、教えて頂けますでしょうか。

よろしくお願い致します。

返信1 返信-1
 2014/10/5 (日) 16:59:37 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1412394269.1
私自身、"in Zuneigung" という表現で結ばれた手紙やメールをもらった経験がありませ
んでしたので、恥ずかしながら、このような結びの言葉があることを初めて知りました。
そのため、お役に立てる回答ができそうにないのですが、感じた印象だけ書かせていただ
きます。

Zuneigung や、その動詞の zuneigen、また過去分詞の zugeneigt などの用例に触れてい
ますと、かなり深い「好意」であるようには思えます。Liebe と Zuneigung でどちらの
「愛情、好意」がより深いのかと比較ができるものなのかはわかりませんが、少なくと
も、聖書などで言われている「(神の)愛」は、無条件のものであるように書かれていま
すので、おそらく、ドイツ人が使う Liebe も「絶対的な愛」なのだと思います。
もちろん、このことで、Zuneigung が「条件付きの愛である」というわけではありませ
ん。しかし、Liebe がかなり強い意味を持っていることは確かです。

この Liebe は、本来、親子や家族(夫婦)の愛、のように、すごく個人的な間柄で捉え
られるものなのではないかと思います。他方、親子や家族(夫婦)などの間で Zuneigung
というのがどれぐらい用いられるのかはわかりません。

Momo さんとご友人の関係は、強い信頼や友情に支えられた強固なものであろうと拝察し
ますので、ここで申し上げたいのは、手紙やメールの上での Liebe や Zuneigung のニュ
アンスについてであり、お二人の個人間の結びつきの強さを否定するつもりはまったくあ
りません。そのうえで、手紙やメールの結びの語としての Liebe や Zuneigung は、その
ような「個人的」なシチュエーションよりは、やや慣用句化された部分もあり、社会性を
帯びているのではないかと思いますので、手紙などでは Liebe と Zuneigung の間に、ご
心配されているような(何か失礼なことを書いたりしたから Liebe → Zuneigung に「降
格」した、ということのような)ことはないのではないかと愚考します。もちろん、私に
はご友人の心の内は見当もつきませんので、「心配には及びません」とは断言はできませ
んが。

Zuneigung そのものの持つニュアンスなどは、zuneigen や zugeneigt という派生語の用
例なども参考になるのではないかと思います。
"in Zuneigung" のニュアンスにつきましては、これ以上のことは不勉強で、申し上げら
れそうになく、申し訳ありません。

返信2 返信-2
 2014/10/5 (日) 22:41:53 - Momo - No.1412394269.2
田中先生、こんばんは。

ご回答くださり、誠にありがとうございます。

田中先生でさえ初めてお知りになったとのことですので、
やはりこの「In Zuneigung」というのは珍しい結びの挨拶のようですね。
私も引き続きネット等で調べてみましたが、やはり参考になるものはまだ見つかっており
ません。

しかし、田中先生のご意見を伺うことができ、とても参考になりました。
やはり、結びの挨拶として、深い意味合いはあまりないと考えたほうが良さそうですね。

結びの挨拶も、いつも同じではなく、時には変化をつけるのも素敵ですよね。
私の友人もそのように感じて、新しい単語を使ってくれたのかもしれません。
(友人は、私が先日Zertifikat B1に合格したことを知り、少し難しい単語や文法を手紙に
書いてくれるようになりました。)

似たような意味を持つ単語の細かなニュアンスの違いなどを把握するのは、
外国語を学ぶ上で非常に難しい部分でもありますが、
それらを少しずつでも使い分けることができるようになれたらと思います。

「In Zuneigung」という結びの挨拶につきまして、
今後何かわかりましたら、田中先生へまたご連絡させて頂きます。

この度は、お忙しい中ご回答くださり、誠にありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。

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