ドイツ語質問箱

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Alternative zum Strand 引用
  2007/2/6 (火) 19:57:33 - schiri - No.1170759453
こんにちは、

新年初の書き込みです。Frohes neues Jahr! 今年もよろしくお願いします。

質問なんですが、「Kinderparadies an der Nordsee」というタイトルで、旅行のProspektか
らの文章です。

Geniessen Sie Ihren Aufenthalt in einem unserer kinderfreundlichen Haeuser
direkt im Ortskern, nur wenige Schritte vom Hauptbadestrand und vom Meerwasser-
Hallen-Brandungsbad entfernt.
Der Garten - eine echte Alternative zum Strand - ist ebenso wie unser sehr
persoenlich eingerichtetes Haus eine echte Erholung fuer Ihre Familie.

意味がよくわからないのが、質問のタイトルにも書いた「Alternative zum Strand」です。
よ〜く、考えたのですが「Der Garten」の「Der」は多分「Meerwasser-Hallen-
Brandungsbad」を指していると思うのですが、合っているでしょうか?

「eine echte Alternative 」の echt はどの意味になりますか?「典型的な」か「真の、本
物の」が思いつくのですが。文末の「eine echte Erholungh」は「本物の休養」でよろしいで
しょうか?

zum Strand の zu は場所を表す前置詞として使っているのでしょうか? Alternativeを辞書
で引くと例文で「verschiedene Alternativen zur Loesung」(解決のためのさまざまな選択
肢)と載っていてzum Strandをこれに倣って「ビーチのための・・・」と訳すと変になってし
まいます。

またよろしくお願いします。


返信1 返信-1
 2007/2/7 (水) 19:25:34 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1170759453.1
Guten Tag! こちらこそ本年もよろしくお願いします。

> Geniessen Sie Ihren Aufenthalt in einem unserer kinderfreundlichen Haeuser
> direkt im Ortskern, nur wenige Schritte vom Hauptbadestrand und vom
> Meerwasser-Hallen-Brandungsbad entfernt.
> Der Garten - eine echte Alternative zum Strand - ist ebenso wie unser sehr
> persoenlich eingerichtetes Haus eine echte Erholung fuer Ihre Familie.

これは、Nordsee の浜辺近くにある休暇滞在用の家族向け宿泊施設の紹介文のようです
ね。Haus (文中では複数形 Haeuser) とありますので、一軒まるまるを家族で使えるタイ
プの宿泊施設だと思われます。

ご質問の箇所は、

> 意味がよくわからないのが、質問のタイトルにも書いた「Alternative zum Strand」
> です。
> よ〜く、考えたのですが「Der Garten」の「Der」は多分「Meerwasser-Hallen-
> Brandungsbad」を指していると思うのですが、合っているでしょうか?

Der Garten ではじまる部分ですが、この Garten はこの宿泊施設としての「家」に付随
している(家の一部としての)「庭」かとも思いましたが、そうすると、最後の

"Der Garten [...] ist ebenso wie unser sehr persoenlich eingerichtetes Haus
[...]" というのがおかしくなるので、前後の文脈の中にこれ以上の適切な語がない限
り、たしかに直前の der Meerwasser-Hallen-Brandungsbad のことを指していると考える
ほかなさそうです。

さて、この Garten が eine echte Alternative zum Strand だというわけですね。
もうひとつのご質問に関係しますが、

> zum Strand の zu は場所を表す前置詞として使っているのでしょうか?

この zu は「対比・比較対象」を表す zu でしょう。im Gegensatz zu 〜 や im
Unterschied zu 〜 に見られるものと同じです。つまり、「浜辺に対する代わりとなるも
の」という具合に訳せるでしょう。(砂浜で海水浴が楽しめる)浜辺も楽しいが、それと
同じぐらい楽しい場所として、屋内型の海水浴場(= Garten)もある、それはまさしく
浜辺に代わるぐらいのものである・・・という感じでしょうね。echt は「真の」という
意味で、ここでは「まさしく」という語で対応させてみました。

> 文末の「eine echte Erholungh」は「本物の休養」でよろしいでしょうか?

そうですね。「本当の休養、本当の息抜き」ということですね(→「家族にとって本当に
息抜き(の場)となる」)。形容詞は、場合によっては副詞的に訳したほうが自然に響く
場合もあります。その場合、名詞も(動詞から派生した名詞の場合)動詞的に訳すことに
なりますが。

> Alternativeを辞書で引くと例文で「verschiedene Alternativen zur Loesung」(解決
> のためのさまざまな選択肢)と載っていてzum Strandをこれに倣って「ビーチのため
> の・・・」と訳すと変になってしまいます。

この例文の zu は zu + 動詞の名詞形ですので、元をたどれば Alternativen, um zu
loesen というのと同義です。この zu は「〜するための」と訳せます。しかし zu +
(純粋な)名詞の場合には、その名詞に「動作性」は含まれませんので「〜するための」
とは訳せません。

返信2 返信-2
 2007/2/11 (日) 23:13:08 - schiri - No.1170759453.2
ありがとうございます。

やっぱり質問しないとわからない文でした。
der Garten は der Meerwasser-Hallen-Brandungsbad の付属物かと思ってましたが、der
Garten ist der Meerwasser-Hallen-Brandungsbadなんですね。そっちの方が意味が通ると
思いました。

eine echte Alternative zum Strand のzu はやはり難しいですね。まさか im Gegensatz
zu 〜 の zu と同じ用法とは思いませんでした。同じ名詞と結びついていても、同じ用法の
zu とは限らないのですね。大変勉強になりました。動作名詞とか純粋な名詞とかも考慮しない
と混乱してしまいますね。

ただちょっと疑問に思うのはzuではなく statt Strand としたほうが「ビーチに代わるすばら
しい選択肢」みたいな感じに訳し易いかなと思いましたが、う〜ん、でも納得しました。



返信3 返信-3
 2007/2/12 (月) 01:34:16 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1170759453.3
> ただちょっと疑問に思うのはzuではなく statt Strand としたほうが「ビーチに代わる
> すばらしい選択肢」みたいな感じに訳し易いかなと思いました

意味的には、statt (「〜の代わりに」)と Alternative (「代替」)がどちらも重な
る部分がありますので、eine Alternative statt Strand ではちょっと奇妙に聞こえるか
もしれませんね。やはり、zu を使って、「〜に対しての代替物」というのが
Alternative zu 〜 の意味合いなんでしょうね。

返信4 返信-4
 2007/2/13 (火) 00:27:31 - schiri - No.1170759453.4
そうなんですか〜。Alternative 自体に「代わりの物」という意味があったんですね。
小学館の辞書には「選択肢」と載っていて、これを当てはめてましたが、そのせいで上手く理解
出来てませんでした。
今思ったんですが、形容詞のalternativをしっかり頭に入れていれば幾分簡単に理解できてた
かもしれません。かなり初歩的な事でした。

>eine Alternative statt Strand ではちょっと奇妙に聞こえるかもしれませんね。

自分もそう思いました。Alternativeの意味がちゃんとわかると、多少変かなと思いました。

また何かありましたら質問させてください、ありがとうございました。

Das Nibelungenlied ( 3-115 ) 引用
  2007/1/21 (日) 13:08:59 - Ssai-to - No.1169352161
お願いします。

3 Aventiure: Wie Siegfried nach Worms kam

115 "Wir haben keineswegs die Absicht", sagte da Gernot, "dadurch
irgendwelche Laender in unsere Gewalt zu bringen, dass jemand
deshalb erschlagen wird. Wir besitzen selbst maechtige Reiche; die
stehen nach gutem altem Recht unter unserer Herrshaft, keiner haette
ein groesseres Recht auf sie als wir."


さてゲルノート 言うならく
「 誰かがそれで 死ぬような
我らが土地の 何処(いずこ)をも
戦場(いくさば)なぞに 供(きょう)するの
こころづもりは 我らにて
一切持ちては あらざりき

我らが手なる 自らの
強大王国 有りたりて
我らが統治下 永き良き
正義に依りて 続き居り

我らが他の 誰一人
この地における より大な
権限持ち得る 筈はなし 」


(1) 第一文の dadurch はどういうふうに働いているのですか。
die Abshicht が意識されているのですか。
(2) 第二文は ; や , で続いていますが、構造はどうなっているのですか。

返信1 返信-1
 2007/1/23 (火) 17:06:07 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1169352161.1
こんにちは。

>(1) 第一文の dadurch はどういうふうに働いているのですか。
> die Abshicht が意識されているのですか。

die Absicht の詳しい指示内容は、後続する zu不定詞句 "irgendwelche Laender in
unsere Gewalt zu bringen 「どこかの国を自分たちの支配下に入れる(という意図)」"
という構造になっています。

dadurch のほうは、da が指す内容については、先行する文脈を指すこともありますし
(すでに挙げられている内容を指しているから da という代名詞形で済ませられる)、後
続する部分にその内容が挙げられている場合(zu不定詞句や dass文)もあります。ここ
では dass文 "dass jemand deshalb erschlagen wird 「誰かがそのために殺されてしま
う(ようなことを通じて)」" がそれでしょう。つまり、全体として、「(争って)死者
が出てしまうような形で国を自分たちの手中に入れる意図」ということになります。

この部分は、埋め込み文に次ぐ埋め込み文なので構造がややこしいですが、要するに
Absicht の内容を表す部分の中にさらに埋め込み文を従えるような dadurch というのが
あって、それで dass文が埋め込まれているということですね。

>(2) 第二文は ; や , で続いていますが、構造はどうなっているのですか。

これは ";" や "," の使用に関する正書法の観点から回答いたします。
まずコンマですが、文と文の間のコンマにはまず第一の役割として「主文と副文の境界を
はっきりさせ、さらに副文を別の副文から隔てる」という役割があります。さらに、単一
文がいくつか、流れに沿って順次並べられる(列挙される)場合に、プンクト (".") や
セミコロン(後述)に代わってその区切りをはっきりさせる役目も持ちます。今回のコン
マの使用は、この「列挙」の役目を持ったものであると考えられます。この場合、"," の
変わりにその部分に "und" を置いても良いのですが、"und" を置くには強すぎる場合
(軽く列挙する感じで) "," を置きます。

セミコロンのほうは、「コンマでは弱すぎ、プンクトを置くには強すぎる場合、セミコロ
ンを置く」ことができます。コンマやプンクト同様にいわゆる【句読点】の一種です。で
すから、文の構造としては、そこにコンマやプンクトがあるかのように見ればよいので、
特に文構造が特別なわけではありません。

返信2 返信-2
 2007/1/24 (水) 08:29:22 - Ssai-to - No.1169352161.2
御説明有難う御座います。
第一文の意味の取り方を誤っていました。次のようにしてみます。


さてゲルノート 言うならく
「 誰かがそれで 死ぬような
戦(いくさ)で何処(いずこ) かの国を
手中に收む などという
目論見一切 我になし

我らが手なる 自らの
強大王国 既に有り
我らが統治下 永き良き
正義に依りて 続き居り

我らが他(ほか)の 誰一人
この地における より大な
権限持ち得る 筈はなし 」


これで、どうでしょうか。良いようでしたら次へ参ります。

Das Nibelungenlied ( 3-114 ) 引用
  2007/1/1 (月) 18:21:28 - Ssai-to - No.1167643288
おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。初荷です。


3 Aventiure: Wie Siegfried nach Worms kam

114 Dein Erbe und meines sollen gleich viel gelten. Wer von uns beiden
den anderen zu ueberwinden vermag, dem sollen die Leute und auch die
Laender zu Gebote stehen." Dem widersprachen Hagen und Gernot sofort.


継ぐる身代 汝れ我の
此れ同等に 見做すべし

我ら二人の いずれなれ
これ他を打ちて 負かすかは
民また大地の 意思に依れ 」

是にすぐさま 反論の
ハゲネとそして ゲルノート


※ 第二文の構造を御説明下さいませんか。
(1) Wer…, = dem ですか。
(2) den は何ですか。

返信1 返信-1
 2007/1/1 (月) 18:54:02 - Ssai-to - No.1167643288.1
p.s.
新年の御挨拶は、ドイツ語で書くべきでした。では、改めまして…

Prosit Neujahr!
Ich wuensche Ihnen ein glueckliches neues Jahr!

( 文章に誤りはありませんか。 )

返信2 返信-2
 2007/1/2 (火) 04:42:35 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1167643288.2
Ein glueckliches neues Jahr wuensche ich Ihnen auch!

> 第二文の構造…
>(1) Wer…, = dem ですか。

はい、[Wer ... vermag] の部分は関係副詞になっています。それを先行詞として dem で
受けてあります。

>(2) den は何ですか。

ここでは、uns beide という語があるように、Siegfried と Gunther の2人について述
べられています。文構造を明確にするために、この文の語順を書き改めると

→ Einer von uns beiden ueberwindet den anderen 「私たちのうちの一人が他方を打ち
負かす」

ということになります。ここでは関係節にする関係上、einer ではなく wer という関係
副詞が用いられていますが、意味としては「私たちのうち、他方を打ち負かすことのでき
る者」ということで、einer ... den anderen (一方は…他方は…)の構文になっていると
お考えください。

返信3 返信-3
 2007/1/2 (火) 16:28:28 - Ssai-to - No.1167643288.3
新年早々お世話になり有難う御座います。

では、理解の仕方は良かったと言うことですね。
また、鋭意次の詩節へ参りたいと存じます。

フリードリヒ・シラーの詩 引用
  2007/1/1 (月) 13:45:44 - NAWS - No.1167626744
はじめまして、いきなり失礼します。
シラーの詩「アルプスの狩人」の文章なのですが、

Raum fuer alle hat die Erde.

は、「地球には皆の居場所がある」という意味でよろしいのでしょうか。
また、私はまだドイツ語初心者なのですが、私の訳が正しいのならこの文章の
主語は die Erde になります。ドイツ語では、主語は最初に来なくて良い
らしいですが、よくあることなのでしょうか。それとも私の訳が間違っている
のでしょうか。

返信1 返信-1
 2007/1/2 (火) 04:43:20 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1167626744.1
はじめまして。こんにちは。ご質問につきましてお答えいたします。

> Raum fuer alle hat die Erde.
> は、「地球には皆の居場所がある」という意味でよろしいのでしょうか。

はい。Raum = 空間、fuer = 〜のための、alle = 皆 ですので、Raum fuer alle で「皆
のための場所」となります。以下のご質問と関連しますが、文法上は Raum fuer alle を
主語として考えることも可能ですが、その場合、意味的には不自然でしょう。die Erde
が定冠詞つきで表されていますので、これは「地球」の意味です。Erde には普通名詞と
しての「土、地面」の意味もありますが、地球や太陽など世の中に唯一のものについては
常に定冠詞を付けるという取り決めがあります。

> 私の訳が正しいのならこの文章の主語は die Erde になります。
> ドイツ語では、主語は最初に来なくて良いらしいですが、
> よくあることなのでしょうか。

ご指摘のとおり、die Erde を主語としてとらえるのが自然ですね。ドイツ語では、動詞
の位置(ここでは定動詞第二位)がゆるぎないものとして固定されているため、今回の文
のような主語と目的語の倒置などが比較的容易です。ただし、これらの倒置は、“文の主
題を先頭に持ってくる”あるいは“対比的に強調したいものを先頭に持ってくる”という効
果をもたらすものでなければなりません。“文の主題”というのは「〜に関していえば…」
といったものです。通常、発話者自身を指す ich や、発話の聞き手である du/Sie は、
その会話において誰のことを指すかが明白であるため、自動的に文の主題になりやすいで
す。発話者が自分自身について何か発言するというのは最も考えられうる状況のひとつで
す。あるいは、heute (今日) や jetzt (今) といった時間的な表現も、その発話にとっ
ての主題になりやすいです。発話時が「今」であり、その発話がなされている日が「今
日」だからです。ですから、heute や jetzt を先頭におく文タイプは自然と多くなります。
 このように、文の主題を先頭にもっていくのが倒置の効果ですので、今回の文で先頭に
置かれている Raum fuer alle というのも主題として考えることになります。(主語は本
質的に文頭に来やすい要素ですが、主語以外のものが文頭に来るときには、上で述べた効
果が表現されていることになるからです。)「皆の居場所というものは…」という感じに
なるでしょう。日本語には、このような主題をマークする助詞「〜は」というのがありま
すので、ちょうど日本語にすると「皆の居場所は、地球にある」という文に対応すると思
います。
 なお、今回の文ですと、主語 die Erde と目的語 Raum fuer alle がともに単数形です
ので、主語−目的語の順番なのか、それとも倒置が起こっている(目的語−主語)のか判
別が容易ではありませんが、片方が単数形で他方が複数形のような場合ですと、判別はと
ても容易になります。動詞は常に主語と<人称・数>において一致するからです。

(参考)Viele Satelliten hat Jupiter. 「たくさんの衛星は、木星が持っている」
    [目的語−主語:動詞が単数形なので、主語も単数形名詞だとわかる]

返信2 返信-2
 2007/1/2 (火) 12:54:45 - NAWS - No.1167626744.2
あけましておめでとうございます。
気がつけば新年、挨拶もせずに失礼しました。

詳しい説明ありがとうございます。
つまり「皆には居場所がある」ということを強調したいから
最初に Raum がくるのですね。「地球にある」ということを
強調したければ最初に Die Erde がくることもありうるわけですね。

これからも時折質問させていただくと思いますが、
そのときはよろしくお願いします

Das Nibelungenlied ( 3-113 ) 引用
  2006/12/17 (日) 12:21:51 - Ssai-to - No.1166325711
お願いします。

3 Aventiure: Wie Siegfried nach Worms kam

113 "Ich gehe aber nicht davon ab!" sagte wiederum der tapfere Held.
"Wenn Deine Kraft nicht ausreicht, Deinem Land den Frieden zu erhalten,
dann nehme ich alles in meinen Besitz. Dasselbe gilt auch fuer meine
Erblaender: wenn Du sie mit Deiner Kraft erringst, dann sollen sie Dir
auch anheimfallen.


「 騎士道なるを 吾にして
外れることは なかるべし 」

とは彼の勇者 改めて
いま一度(たび)ぞ 申されき

「 御地の安泰 維持するに
貴下兵力の 及ばざる
時は然らば すべてこれ
我らが所有と するところ
我が相続地 これ同じ
その兵もてこれ 奪い取る
その暁(あかつき)は この土地や
汝の手にまた 帰するべし


(1) 第一文の davon の da は騎士道で良いですか。
(2) 第二文は、まだ Gunther の言葉ですか。
(3) Erblaender は erben と Laender の合成語ですか。

返信1 返信-1
 2006/12/19 (火) 11:44:32 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1166325711.1
>(1) 第一文の davon の da は騎士道で良いですか。

直前の文章(第112節)の中に da の先行詞になりえるものがあるとすれば wahre Ritter
でしょうか。ですから「騎士道」と訳してもほぼ同じだと思われます。「私はそれで騎士
の道から外れるわけではありません」
平和に保たれていない国を所領におさめることによってその土地を統治しようとするのだ
からそれは騎士道に外れるものではないということが言いたいのでしょう。

>(2) 第二文は、まだ Gunther の言葉ですか。

第一文も第二文もすべて Siegfried の言葉だと思われます。Gunther の言葉は、ひとま
ず第112節で終わっています(第112節は引用符で終わっていて、この第113節は新しい引
用符で発言が始まっています)。つまり発言者が交代したことがわかります。

>(3) Erblaender は erben と Laender の合成語ですか。

そうですね。訳されているとおり「相続地(国)」ということで良いでしょう。

確認ですが、Dasselbe 以下は、「それは私が父から相続した国についても同じことがい
えます。もしあなたが私の所領を勝ちとるなら、それはあなたの手におさまるべきものだ
ということなのです(それがあるべき姿であると状況を甘んじて受け入れる)」」という
ようなことが言われています。もちろんここでの「私」は Siegfried、「あなた」は
Gunther です。

返信2 返信-2
 2006/12/20 (水) 10:24:11 - Ssai-to - No.1166325711.2
応答を有難う御座います。人物を誤っていました。
次のように変えます。


「 騎士道なるを 吾にして
外れることは なかるべし 」

ジークフリート 彼の勇者
いま一度(たび)ぞ 申されき

「 御地の安泰 維持するに
貴下兵力の 及ばざる
時は然らば すべてこれ
我らが所有と するところ

我が相続地 これ同じ
貴下兵力もて 奪い取る
その暁(あかつき)は 我が土地や
貴下の手にまた 帰するべし


で良いですか。( しばらくしたら、前へ進みます。 )

Spassgesellschaftについて 引用
  2006/12/1 (金) 12:12:42 - 安井 千尋 - <yasui@ican.zaq.ne.jp> - No.1164942762

はじめまして、いきなりで失礼します。
こちらは中高年のドイツ語勉強会です。
http://blog.zaq.ne.jp/deutschdialog/

私はリーダーですが、教師ではありません(技術者としてドイツ滞在暦はあります)。

目下、Peter Hahne著の「Schluss mit lustig Das Ende der Spassgesellschaft」
Verlag Johannisを教本として使っていますが、Spassgesellschaftの日本語定訳があり
ませんので、お訊ねします。「愉楽社会」、「悦楽社会」とでもいいうのでしょうか。
Begriffは、例えば、以下のようなものであると思いますが。


よろしくご教示ください。
安井 千尋

Spa&szlig;gesellschaft
aus Wikipedia, der freien Enzyklop&auml;die
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Dieser Artikel oder Abschnitt ist nicht durch Quellenangaben (Literatur,
Webseiten usw.) belegt worden. Hilf der Wikipedia, indem du gute Quellen
nennst.

Spa&szlig;gesellschaft ist ein Begriff, der kurz nach der Jahrtausendwende in den
deutschen Feuilletons auftauchte und das Lebensgef&uuml;hl von Teilen der deutschen
Gesellschaft in den Jahren des vorangegangenen B&ouml;rsenbooms (dem sogenannten
New Economy-Hype) beschreiben sollte. Er sollte einen Lebensstil kritisieren,
bei dem Konsum, Hedonismus und Lebensfreude im Vordergrund stehen, das Bem&uuml;hen
um gesellschaftliche Ver&auml;nderungen aber in den Hintergrund tritt.

Als Protagonisten der Spa&szlig;gesellschaft gelten beispielsweise Verona Pooth
(ehemals Feldbusch) und, bis zur Wahlniederlage 2002, der FDP-Vorsitzende
Guido Westerwelle.

Vielfach wird der Begriff auch verwendet, um eine vermutete Infantilisierung
der Gesellschaft zu beschreiben: Die Personen der Zielgruppe
w&uuml;rden "kindliche" Z&uuml;ge &uuml;berm&auml;&szlig;ig lange ausleben und sich
dem "ernsten", "erwachsenen", d.h. verwantwortungsbewussten Leben entziehen.
Kritisiert wird auch, dass die angestrebte Selbstverwirklichung &uuml;bertrieben
und verantwortungslos sei.


返信1 返信-1
 2006/12/2 (土) 12:42:38 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1164942762.1
はじめまして。こんにちは。
ご質問ありがとうございました。
"Spassgesellschaft" についてですが、専門外のため、詳しい知識を持ち合わせておりま
せんことをあらかじめお断りさせてください。

教本としてお使いになっている書籍はとてもよく売れたようですね。
ご提示いただきました wikipedia の記述によりますと、Spassgesellschaft とは、「楽
しさだけを追求して思うままに消費したり、快楽を求めたりすることを批判的に指す概
念」のようですね。講演や書籍で Peter Hahne 氏が主張されているように、2001年9月11
日のニューヨークのテロでは、世界規模で見ると富の偏りがあり、思うままにお金が使え
て、娯楽を楽しむことができるのはごく一部の国々であるということに目を向けさせた部
分もありました。少なくとも“グローバル社会”と言いつつも、これまで富のある国々は自
分たちのペースで突き進んでいた部分もあったのでしょう。テロは、そこで、名ばかりの
“グローバル化”ではなく、本当に世界規模に視野を広げ、世界の情勢に目を向けなければ
ならないときが来たということを思い起こさせるきっかけになったいるように思えます。
宗教的な対立、外交上の対立をはじめ、世界はいま、内戦や一触即発の緊張関係などを多
く抱えています。9.11テロが Spassgesellschaft の終焉のきっかけになったのでした
ら、Spassgesellschaft はそれまでの「社会に目もくれずに思うままに消費してばかりの
状態」を指すのでしょうね。どうもそこには“資本主義”や“西側諸国”というキーワードが
絡んでくるような気がします。

なお、日本語に訳すときの用語につきましては、雑誌『Deutschland』の2005年5月号に
"Der neue Papst" という記事(2005年5月13日付記事)があり、その中の第6段落めの上
から13行目に "Spassgesellschaft" という語が登場します。
http://www.magazine-deutschland.de/issue/Papst_3-05.php?lang=deu

--- 以下、該当箇所のみ引用 ---
Oder vielleicht auch nicht, vielmehr war fast zu erwarten, dass in einer
zunehmend der Beliebigkeit unterworfenen Alltagskultur unserer westlichen
Gesellschaften Werte und feste Ueberzeugungen faszinieren, auch wenn man sie im
Einzelnen gar nicht teilt. Erleben wir nicht in den vergangenen zehn, zwanzig
Jahren, wie wenig Egoismus, materieller Erfolg, Geringschaetzung von
Solidaritaet und sozialem Zusammenhalt, kurz individualisierte
Spassgesellschaft und enthemmter Kapitalismus befriedigen koennen?
--- 引用ここまで (『Deutschland』(05/2005)) ---

この雑誌には日本語版があります。同じ号の日本語版を見れば、対応する箇所において
"Spassgesellschaft" がどのように日本語に訳されているかを見ることができるかもしれ
ません。あいにく、この号は手元にありませんので、図書館などでお探しいただければと
思います(お近くの大学図書館に収蔵されている場合があります)。
http://www.magazine-deutschland.de/

よろしくお願いいたします。

Das Nibelungenlied ( 3-112 ) 引用
  2006/11/27 (月) 10:37:57 - Ssai-to - No.1164591477
お願いします。

3 Aventiure: Wie Siegfried nach Worms kam

112 "Womit haette ich es verschuldet", sagte Gunther, der Held, "das
Reich, das mein Vater in hohem Ansehen lange Jahre regiert hat, jetzt
durch die Gewalt eines anderen zu verlieren? Wir wuerden damit ja
zugeben, dass wir keine wahren Ritter sind."


「 何ゆえ我其を 受けたるや 」
とグンテル王 彼の勇士
「 我が父 大なる 威信にて
長く統治す この国を
ここに至りて よそごとの
武力で失う なぞとやを

我ら真(まこと)の 戦士には
あらざることさて 認めよう 」


(1) 第一文の es は das Reich ... verlieren? まで
と見てよいですか。これは長い不定詞句ですか。
(2) 第一文の eines anderen はどういうふうに働いていますか。
(3) 第二文の damit は 「 dass 以下のことに関しては 」
という意味の副詞ですか。

返信1 返信-1
 2006/11/28 (火) 18:29:36 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1164591477.1
>(1) 第一文の es は das Reich ... verlieren? まで
> と見てよいですか。これは長い不定詞句ですか。

はい。その通りです。

> (2) 第一文の eines anderen はどういうふうに働いていますか。

eines だけ見ると、@不定代名詞 einer の2格形か、A Mann や Held などが省略されて
いるかどちらかですが、anderen という形容詞による修飾があることを考えるとAでしょ
うね。不定代名詞は、代名詞ですので普通それ以上は修飾できません。
ここは、eines anderen Mannes 「他のヤツの」などという意味でしょう。
 Gewalt eines anderen (Mannes) 「他のヤツの暴力」

> (3) 第二文の damit は 「 dass 以下のことに関しては 」
> という意味の副詞ですか。

この dass以下は、zugeben 「(仕方なく)認める」という動詞の内容を表す表現で、目
的語のようなものですので、そのままの形で "zugeben, dass ..." という形で使いま
す。つまり、ご質問のように mit という前置詞に導かれる必要はありません。もし mit
に導かれるのであれば、damit の da が dass以下を指して、「dass以下のことでもっ
て」という意味になりますが、ここではそうではないでしょうね。
仮に "damit, dass ..." の構造が正しいとすると、zugeben の認める内容がなくなって
しまいます。
ですから、damit は dass以下とは無関係です。da の指す内容は、むしろ前の文脈にある
ものでしょうね。「他人の大いなる領土を武力で持って奪おうとすること」です。mit は
「〜を伴って」という意味ですので、「他人の領土を武力で奪おうとするような事柄が伴
うのであれば・・・(それは真の騎士道をわきまえた勇士ではないといわざるをえない)」

なお、主語の wir は、このセリフがグンテル王のジークフリートに対するものであるこ
とを考えると、wir = Gunther & Siegfried なのでしょうね。「私たち騎士というもの
は…」という感じのことが含まれていると思います。

返信2 返信-2
 2006/11/30 (木) 08:36:04 - Ssai-to - No.1164591477.2
解説応答を有難う御座います。解りました。
誤りを訂正して、次のようにして見ました。


「 何ゆえ我其を 受くべきや 」
とグンテル王 彼の勇士
「 我が父 大なる 威信にて
長く統治す この国を
ここに至りて よそ者の
武力で失う なぞとやを

其れ如くあらば 我らごと
真(まこと)の騎士には あらざるを
認めることに なりぬべし 」


で良さそうですか。
第一文の haette は非現実を述べているところ
だろうと思いましたので、 「 … 受くべきや 」
としてみました。

返信3 返信-3
 2006/12/1 (金) 05:28:07 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1164591477.3
原文に沿っている訳で、また様子がよく伝わってきます。

> 第一文の haette は非現実を述べているところだろうと思いましたので、
> 「 … 受くべきや 」としてみました

はい、第一文 haette、それから最終文の wuerde のいずれも非現実話法ですので、「受
くべきや」と「なりぬべし」ともに、グンテル王の胸中がよく表されているのではないか
と感じました。

返信4 返信-4
 2006/12/1 (金) 08:14:15 - Ssai-to - No.1164591477.4
嬉しい authorization を有難う御座います。

欣喜雀躍して次へ参りたいと存じます。

話法の助動詞を使った文中における受動態の完了形 引用
  2006/11/28 (火) 12:07:28 - Katze - <メール送信> - No.1164683248 - 返信コールON
田中先生、こんにちは。またお世話になります。
(タイトルを書いていて既にアタマがパニックになってしまいました・・)
具体例を挙げると、
「それは2000年に録画されたものらしい」という日本語を「sollen」を使って訳したい場合、
「Das soll im Jahre 2000 aufgenommen werden.」
とすると、誤りですよね?
(物理的に有り得ないですが、「それは2000年に録画“される”らしい」という時制になりま
すよね?)
となると、受動態の普通の完了形「ist (sein) + aufgenommen + worden」 を
「soll」を使った文に埋め込むのかな?と思うのですが、そこから先が上手く進みませ
ん・・・。
まさか、「soll」を「sollte」と単純に過去形にすればいい、という話でもないでしょうし、
すっかりわからなくなってしまいました。
他に言い回しは色々とあるとは思いますが、「soll」にこだわった場合、この訳はどのように
なりますでしょうか?
お手すきの折にご回答いただけたら嬉しいです。お願い致します。

返信1 返信-1
 2006/11/28 (火) 18:49:09 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1164683248.1
こんにちは。

> タイトルを書いていて既にアタマがパニックになってしまいました

でも、まさしく、そのタイトルの通りの考え方で文が作れますね。

> 話法の助動詞を使った文中における受動態の完了形

完了時制の受動態を作っておいて、それを話法の助動詞に埋め込めば良いのです。
答えを先に言えば、

> 受動態の普通の完了形「ist (sein) + aufgenommen + worden」 を
> 「soll」を使った文に埋め込むのかな?

これが正解です。
ポイントは、話法の助動詞の時制と、受動態の時制ですね。
話法の助動詞の時制は、この文のモダリティ(心的態度)が表されている時点ですので、
現在でしょう。

> それは2000年に録画されたものらしい

「〜らしい」と話者が思っているのは現在だからです。ですから、これは soll のままで
良いですね。sollte と過去形にする必要はありません。

次に受動態の時制は、「〜らしい」と判断している時点よりも先に録画が終わっているの
ですから、完了形にすれば良いですね。
ですから、結果として

soll (話者の現在の気持ち) + aufgenommen worden sein (すでに録画されてしまってい
る状態)

を合わせます。

→ Das soll im Jahre 2000 aufgenommen worden sein.

でオッケーです。

返信2 返信-2
 2006/11/29 (水) 08:46:53 - Katze - <メール送信> - No.1164683248.2
田中先生、こんにちは。早速のご回答をありがとうございます!
タイトルのままに文をつくっていけば完成だったのですね。うーん、悔しい、と思いつつも
(ネットを探しても文例に出会えなかったので)やはり先生に訊かなければ自分ひとりで辿り着
くのは困難だったと思います。

> Das soll im Jahre 2000 aufgenommen worden sein.

なるほどなるほど。(本当にあとちょっとだったのですね・・すみません、直前で挫折してしま
って・・)
本当にドイツ語って数学的(?)で公式に当てはめてスッキリ考えられて気持ちがいいですね。
ありがとうございました!

ae, oe, ue, ss の淵源、沿革 引用
  2006/11/18 (土) 13:56:23 - Ssai-to - No.1163825783
お願いします。

ふと知りたくなったのですが、 ae, oe, ue, ss などウムラウトや
エスツェットには何か特別な発生理由や成長過程がありますか。

その過程を知ると、発音が上手になりますか。

返信1 返信-1
 2006/11/24 (金) 00:00:19 - 田中雅敏 - <mail@daisuki-doitsu.info> - No.1163825783.1
Guten Tag! 返信が大幅に遅れまして申し訳ありません。

> ae, oe, ue, ss などウムラウトやエスツェットには何か特別な発生理由や
> 成長過程がありますか。
> その過程を知ると、発音が上手になりますか。

まず、ウムラウトの成立についてですが、ウムラウト(変音)を起こすのは /i/ という
母音です。この /i/ は言語学上は【前舌母音】に分類され、口の中で調音するときに舌
が前のほうに来る特徴があります。この /i/ が後続する場合、先行する音節にある /a/,
/o/, /u/ の調音も前舌化します。その結果、/a/ は「/a/ の調音の口の形のまま、舌を
前に出す」ことで /ae/ になります。/o/ は「/o/ の口のまま、舌を前に出す」ことで
/oe/ となります。/u/ も /u/ の口のまま、下を前に出します。/u/ の調音は舌が高い位
置にあります(高舌母音)。舌を高い位置で前に出すと /i/ の音になりますので、結果
として /u/ のウムラウトは /u/ の音に /i/ が加わった音になります(表記上は /ue/
ですが、調音は /ui/ です)。
 /i/ という前舌母音が作用して「舌が前に出る」ということ(=前舌化)がウムラウト
の本質なのですから、舌を前に出すことを意識すると、たしかに正しい発音につながるで
しょう。
 なお、現代ドイツ語では、どこにも /i/ がないのに変音が起こる場合があります。こ
のような例は、現代ドイツ語ではその痕跡が見えませんが、中期高地ドイツ語や古期高地
ドイツ語などではちゃんと /i/ による影響だということが見てとれます。たとえば、現
代ドイツ語における fallen の2人称単数親称 (du) faellst は、古期高地ドイツ語では
fallis と活用していたようです。そこで、/i/ による前舌化が起こり、faellis となっ
たうえで中期高地ドイツ語の vellest を経て、今日の faellst につながっているという
ことになります。
 現代ドイツ語でも /i/ による影響が目に見える語もあります。たとえば職業や身分を
表す名詞を女性形にするときの -in をつけるという決まりは現代ドイツ語にもあります
ので、
(例) Arzt → Arzt + -in → /i/ が、先行する音節の母音 A を前舌化する
   → Aerztin
などがその例にあたります。

エスツェットのほうは、ドイツ語の s は有声音で発音されるため、無声音で発音するた
めの形として ss が作り出されました。字母の形は、ドイツ文字(亀甲文字; Fraktur)
の「長い s("f" の横棒がないような形をした文字)」と「丸い s("s")」が合わさっ
ています。また、「長い s」と「z(筆記体の "z" に似ている文字)」のそれぞれ亀甲文
字の合字である系統もあり、名称の「エスツェット(sz)」は、後者のほうの系統合字に
由来するようです。いずれも、有声子音の s に対する無声子音として作られた文字だと
いうことです。

返信2 返信-2
 2006/11/25 (土) 03:21:30 - Ssai-to - No.1163825783.2
精緻な御説明をありがとうございます。よく判りました。

ae, oe, ue はそれぞれいままでは、 e の口の開き方で、 a, o, u と
発音していたのですが、それらしくは聞こえますがなんだか頭の中で手間が
掛かって、ぎこちなかったのです。
今回のご説明で、 a+i, o+i, u+i と一挙に発音してみましたら、ずっと
早く上手く発音できるようです。 native もきっと ai, oi, ui と
発音していらっしゃるのですね。
( 単語の発音に当たっては、 i は後ろの方に在りながら気が早いのですね。 )

ss の方は、長い s と長い z とを左右合わせて 「 エスツェット 」 と
なったのですね。詳しいお話は、 2004.11.24 に一度お伺いしていました。

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