ドイツ語質問箱

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niemand anderes.... 引用
  2004/11/20 (土) 11:49:06 - Das Shiri - No.1100918946
こんにちは。
Eメールにイマイチピンと来ない文があり質問させてください。

Sie ist so 100%-ig deutsch,wie niemand anderes,den ich kenne!

とあるのですが、文法的には so...wie... があってなどと、わかっているつもりなんですが、
イマイチわかりません。関係代名詞のden は niemand を指しているのはわかるのですが、
関係文のせいで余計わからなくなってしまいました。意味としては、「彼女は、私が他に誰一人
として知らないようなドイツ人だよ!」(変な日本語ですね)みたいなニュアンスでしょうか?

文法的な説明もしてくださると、嬉しいです。

返信1 返信-1
 2004/11/20 (土) 16:57:04 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100918946.1
こんにちは。
そうですね、"so 形容詞 wie 〜" という構文は「〜と同じぐらい(形容詞)だ」という
ものですね。
 まず、今回の文を、文構造が分かりやすいように余分な部分を省いてみます。
→ Sie ist so deutsch wie niemand anderes.

すると、「彼女はいかにもドイツ人だ」と言っているわけですが、問題は「〜と同じ
ぐらい」という比較対象の部分が、niemand (これは否定ですね)になっていると
いう点です。もし niemand の部分が Steffi Graf などであれば、
(参考) Sie ist so deutsch wie Steffi Graf.
 「彼女は、シュテフィ・グラフがいかにもドイツ人っぽいのと同じぐらいドイツ人だ」
ということになり、分かりやすいと思います(※ Steffi Graf は、ドイツ人テニス
プレイヤー)。要するに、「彼女」と「シュテフィ・グラフ」を比べて、比較したら、
同等レベルだよ、ということが言えますね。
 では、そこが niemand だと、どうでしょうか。「彼女」がドイツ人らしさを持って
いるのと比較できる対象がいない(niemand)ということになりますね。ですから、
「彼女は、他の誰とも比べられないほどドイツ人だ」ということになります。

さて、ここで、先ほど一旦退避させておいた語句を元に戻しましょう。
[den ich kenne] の部分は仰るとおり niemand を指す関係代名詞句です。100%ig (
hundertprozentig) は「100%、完全に」という意味ですので、

「彼女は、私が知っている他の誰とも比べられないぐらい完全なるドイツ人だ」

というニュアンスで訳せば良いでしょう。
ポイントは、"so ... wie ..."の構文が、同等レベルのものを比較するものとはいえ、
あくまでも「比較」をしているということです。比較するのは何も「比較級」だけで
はないのです。

返信2 返信-2
 2004/11/20 (土) 18:40:08 - Das Shiri - No.1100918946.2
ありがとうございます!
すっごいわかりやすいです。
関係代名詞の den には友人や知人達を意味するようなニュアンスが入っていたんですね。
今まで「私は誰も知らない」と言う関係文の訳をどのよに組込めばいいか、さっぱりわかりませ
んでした。
さっそくコピーしました。
ありがとうございました、失礼します。

数詞 引用
  2004/11/15 (月) 17:15:07 - ssaito - No.1100506507
お願いします。

Sie wohnt in der Prager Strasse 12.
( 彼女はプラーガー・シュトラーセ12番地に
住んでいます。 )

のように、 Wo? に対する返事は in+3格 で
あるから、 Strasse が女性名詞なので in der・・・
となる訳ですが、数詞の 12 の働きは文法上
なんと言われるのですか。
Prager のように単に Strasse に後ろから掛かって
いるだけですか。
それとも、 Prager Strasse と同格で in に
掛かっているのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/16 (火) 21:10:40 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100506507.1
こんにちは。
これは、Hausnummer 12 の略です。文法的には、前置詞 in にはかかっていません。
正式に書けば、Sie wohnt in der Prager Strasse, Hausnummer 12.
といった具合です。Er kommt aus Japan, aus Tokyo. のような構文ですね。

返信2 返信-2
 2004/11/17 (水) 09:10:49 - ssaito - No.1100506507.2
返信有難う御座います。

前置詞を付けて、

Sie wohnt in der Prager Strasse, bei Hausnummer 12.

とかともならないのですか。そうしますと、

Sie wohnt Hausnummer 12.

という文章は在り得ますか。
「 彼女は12番地に住んでいます。 」
はどういうふうになるのでしょう。

返信3 返信-3
 2004/11/17 (水) 16:24:52 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100506507.3
普通は,単純に
Sie wohnt in der Prager Strasse, Hausnummer 12. などとすれば良いですが,
他にも,アパートなどの場合,部屋の号数を指して,
Sie wohnt in der Prager Strasse, Hausnummer 1, Zimmernummer 510.
( ... Prager Str. 1 / Zi. 510 などと書くことが多い)

これらは,よく考えてみると,重複する2回目以降の in を省略しているとも考えられ
ますね。
Sie wohnt in der Prager Strasse, in Hausnummer 12. または,
Sie wohnt in der Prager Strasse, (in) Hausnummer 12.
 (2回目の in は重複するために省略)
となるでしょうね。たしかに。仰るとおりです。
なお,このような場合は,慣用句のように使いますので,in der Hausnummer とは言わな
いようです。

返信4 返信-4
 2004/11/17 (水) 20:02:54 - ssaito - No.1100506507.4
再度の返信有難う御座います。
解りました。

聞き取りの訓練について 引用
  2004/11/15 (月) 06:36:17 - コロ - No.1100468177
申し訳ありません。
聞き取りの訓練に関する質問は、別に投稿しようと思ったのですが
接続法2の質問のタイトルを修正するのを忘れてしまいました。
二つも質問してしまって大変申し訳ないのですが、
アドバイスいただけましたら幸いです。

私は聞き取り能力が読む・書く・話すと比べて低く、かなり悩んでいます。
教科書(TANGRAM)のCDの会話中に出てくる単語をほとんど知っている状態でも
初めて聞いた場合は20%程度しか理解できないのです。
単語の意味を知っていても、瞬間的に思い出せないからいけないのかもしれません。
かなり慣れ親しんだ単語でも聞き取りになると「聞き覚えのある響き」という感じで、
カタカナにしか聞こえなくなってしまうのです。
ヒアリング能力というのはどのようにすれば改善できるのでしょうか。
ドイツに来て1ヶ月以上経つのに聞き取りに関しては全く進歩がないように
思われて焦っています。良い教材・方法などがございましたらご紹介ください。

よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2004/11/16 (火) 20:42:29 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100468177.1
こんにちは。続いて、聴き取りのご相談についてです。
ドイツに行かれて1ヶ月が経つのですね。日本でドイツ語を学んでいたときとは
格段に違うドイツ語ばかりの環境にはじめは戸惑われたかもしれませんが、語学
学校での勉強に、大家さんとの個人的なおしゃべりに、充実した毎日をお過ごしの
ご様子が伝わってきます。

聴き取りの技能は、他の読む・書く・話す能力とは性質が違います。この3つは、
ある程度まで「自分のペース」で行えます。しかし、聴き取りは、相手の言うこと
を理解しないといけないので、(たとえ相手がゆっくり話してくれたりしても)
結局は「相手のペース」についていかないといけません。書かれたものとは違って、
次から次に情報が耳に入っては消えていきます。

ですから、4技能のうちで聴き取りが一番難しいですね。
知っている単語(ボキャブラリ)を増やす、ということも必要です。使える語彙が
多いということは、自分の側から話すときにも役立ちますね。

ただし、使いこなせる語彙が多くても、それがカタカナに聞こえてしまうときは、
たぶん文の一語一語をすべて聴き取ろうとしているのだと思います。どの単語も
聞き逃すまいと、すべての単語を耳で追うと、そのすべての単語について頭の中で
「日本語への翻訳」が始まってしまいます。文全体をなるべく「ドイツ語のままで」
理解するためのコツは、単語一つずつを追いかけるのではなく、文全体で文意を
イメージすることでしょう。そのためには、ドイツ語の(いわゆる)「枠構造」を
意識してください。「定動詞が2番目」のルールのことです。あと、現在完了形の
過去分詞、分離動詞の分離前つづり、助動詞があるときの本動詞の位置は「文末」
という、あれです。ドイツ語の文を聞くときに、2番目に何(どんな動詞)が
来たか、文末には何が来たかを聞き取れれば、全体的なイメージはぐっと固まります。

もちろん、主語が誰(何)か、など、付随的に聴き取るべき情報は多いですが、
2番目と文末を意識できれば、ある程度全体像はつかめます。なぜなら、2番目と
文末には「動詞」要素が来るからです。実は、日本語でもそうなのですが、動詞
には、動詞によって「項がいくつ必要か」という情報が決められています。
たとえば Er schlaeft. 「彼は寝ている」の動詞 schlafen/寝る には、主語だけ
があれば文ができます。これを「一項動詞(「項」は、動詞にとって必須のもの。
その数を数えて、こう呼びます)」 haben/持っている は二項動詞です。主語と
目的語が1つずつ必要です。schenken/プレゼントする は三項動詞です。主語の
他、プレゼントする相手(人)とプレゼント内容(モノ)が必要です。
そうすると、たとえば、Er schlaeft だって、たとえば auf dem Bett や in
meinem Zimmer のように、他にも要素が来ることがあるじゃないかと思われるか
もしれませんが、それは「あってもなくても良い要素」ですので、たとえ聞き逃し
ても、「彼が寝ている」という事実を押さえられている以上、コミュニケーション
の理解に困りません。

聴き取りの訓練には、「ドイツ語をドイツ語として理解する」ということが必要
です。そのためには、動詞を中心とした文構造を意識していれば良いのではないか
というわけです。(あと、よく最初のころにやる失敗としては、相手は質問の
つもりで聞いてきているのに(疑問文)、こちらは平叙文だと思って ja などと
相づちを打ったら、「質問しているんだけど」と言われることもあるかもしれま
せん。意外に、疑問文の文構造も大切です。つまり動詞が最初に来ているか、
疑問詞ではじまっていないか。あと、自分が話すときに、理論的には平叙文の
語順で最後に「?」をつけて語調を尻上がりに言えば疑問文として使えますが、
意外に相手は語順が平叙文の順序であるばっかりに、たとえ尻あがりなイントネー
ションでも平叙文として理解することも多いです)。

聞き取りを練習するのにおすすめできる教材については、いろいろ可能性がある
でしょうが、部屋にテレビがあればテレビ番組を見るというのが一番身近なもの
でできる訓練です。ただ、ドラマや討論番組などを見ても、スピードがはやすぎ
ますので、たとえばクイズ番組などがおすすめです。クイズ番組なら、解答者も
「うーん」と考える時間がありますので、こちらもその間を利用して出題者の
ドイツ語を理解することができます。また、日本でもおなじみの「ミリオネア」
もドイツでもやっています("Wer wird Millionaer?"という番組名)。これなら
番組自体の構成なども(もし日本でこの番組をご覧になったことがあれば)
分かっているので、理解の助けになりますね。あとは、お手持ちのパソコンに
DVDドライブがついていれば、DVD(映画)を見るというのも手です。
そのためには、やはりワンポイント工夫が必要で、日本の映画がドイツ語に
吹きかえられているものを使います。たとえば、昨今は日本のアニメ映画が人気
で、たくさんのものがドイツでも売られています。
http://www.amazon.de/exec/obidos/search-handle-form/ref=sr_sp_go_qs/028-4061849-0602167
なんとなくストーリーを知っているものを見て、聴いて、知っているストーリー
を補助としながら聴き取りの訓練をするのはどうでしょうか。

なお、もしDVDが見られない環境であれば、手前味噌で申し訳ありませんが、
こんなのはいかが?
http://flare.media.hiroshima-u.ac.jp/german/video02/dialog/dialogtext.html
2005年春に出版予定の『ハンブルクの夏(Ein Sommer in Hamburg)』
(岩崎・田中・吉田共著)のテキストです。テキストを見ながら、音声が聴けます。
2人の登場人物が交互に話しますので、片方のパートを消して対話練習、また
テキストを見ずに聞き取って、あとでテキストを見て確認など、できます。

ドイツに行って1ヶ月の時点でまだ聴き取りが難しくても、数ヶ月するうちに
能力はあがってきますし、なによりも能力の向上は気がつかないうちに進むもの
です。毎日毎日を振り返っていると進歩していないように思っていても、1ヶ月
前よりは向上しているのでしょうし、また向こう数ヶ月後に気がついてみると
各段に今よりも向上しているはずです。頑張ってくださいね。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/16 (火) 22:41:59 - コロ - No.1100468177.2
私の質問にお時間を割いていただいてありがとうございます。
接続法の件もあわせて、再度お礼申し上げます。

聞き取りは本当に厄介で、大家さんと話すときも大抵
2回くらい聞きなおしてしまうのです。
私には相手の話した全ての情報を聞き漏らすまいとする
癖がついてしまっているようです。
ドイツ語をドイツ語のまま聞き取るように頭を働かせるには練習が必要ですね。
でも確かに、ふとした時に相手の言葉が調子よく分かる時があるのですが、
そのときは深く考えていないというか、少なくとも日本語に直そうと
頭がフル回転している状態ではない気がします。
でも、ちょっと分からなくなるとあせって「より正確に!注意深く!」と、
日本語として正確に理解しようとしてしまうみたいです。

ドイツ語をドイツ語のまま聞き取れるようにミリオネアで
訓練してみようと思います(笑)
来年の春にテキストを出版されるのですね!しかもインターネットで
音声を聞くことができるのはとても便利ですし、CDをなくして困った
ということになりませんね。発売を楽しみにしています!

接続法2の用法と聞き取りの訓練について 引用
  2004/11/15 (月) 06:31:07 - コロ - No.1100467868
10月からドイツに語学留学しているコロです。
ご無沙汰しておりました。

先日学校で接続法2の例文を作る宿題が出ました。
その中に「もしジョージ・ワシントン・ブッシュだったら・・・」に
続けなさいという問題があったので私は
Wenn ich George W Bush gewesen waere, haette ich keinen Krieg angefangen.
という文章を書きました。

その日、たまたま大家さんに会ったので、何の気なしに文章を見せて
文章が正しいかどうか聞いてみたところ
「ブッシュはまだ生きているから普通は
Wenn ich George W Bush waere,haette ich keinen Krieg angefangen.
という風に前半部分を現在形で言うと思うわ。文法的にはあなたの文は
あっていると思うけど、ちょっとしっくりこないわね。
これがブッシュじゃなくてヒトラーだったらもうこの世にいないから
完了形で大丈夫だけれど。」
と言うのです。私が納得しかねる顔をしていたので大家さんも再度考えなおして
何度も私の文章を呟いて自分の中で反芻していましたが、
それでも「私なら現在形を使うわ」とのことでした。

翌日私は学校の先生に事の次第を話したのですが
「あなたの文章はあっているわ。接続法は複雑な構文だから
ドイツ人でも稀に正確に使えない人がいるのよ」
という答えでした。大家さんは学校で英語の先生をしているので
言語には造詣の深い人だと個人的に思っています。
しかも母国語ですし、私のとしては学校の先生の言うことにも
一抹の不安が残ります。

私が表したかったのは「イラクで戦争はすでに起こってしまったけれど、
その前に私がブッシュだったら戦争はしなかった」という意味です。
私としてはブッシュが死んでいるか生きているかは
関係のないことだと思っています。となると、最初に挙げた私の文章の中に
大家さんが違う意味に勘違いしてしまう可能性が潜んでいるのでしょうか。

よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2004/11/15 (月) 20:32:11 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100467868.1
ひとまず,こちらにお答えします。

そうですね。その人が生きているか死んでいるかは関係なさそうですね。もし生きているか
死んでいるかが問題なら,生きても死んでもいない「空想上のモノ」にたとえる場合はどう
なるのか?…というのは冗談(!)で,実際,すでに過去の人である人物に自分を置き換える
ときも, "Wenn ich Friedrich der Grosse waere, haette ich mein Schloss nicht
"Sanssouci" genannt." 「もし私がフリードリヒ大王なら,宮殿を『サンスーシ』とは
名づけなかっただろう」

などのように,gewesen waere ではなくて waere を使うことができます。

【接続法(ここでは非現実話法)】は,ある文を断定せずに遠まわしに言ったり,仮定の話
をしたりするための用法ですが,あくまでも時制は【直説法】のそれと同一です。たとえば,
上述の例だと,"Wenn ich Friedrich der Grosse bin, [...]" と言っても同じことです。
ただ,「私が大王であること」は現実的にはありえないために,接続法になっているだけ
なのです。ですから,直説法で完了形のもの(haben + 過去分詞)であれば,接続詞は
haette + 過去分詞になるだけです。
"Wenn ich dich nicht kennen gelernt habe, [...]
  ↓
"Wenn ich dich nicht kennen gelernt haette, [...]
(「実際には出会ってしまっており,その事実は動かせない」という意味をこめて)

ですから,分かりやすく言えば,「コロさんがブッシュ大統領になりかわる」という出来事
がもし本当に起こるとして,その出来事(イベント)が現在起こりうるものであれば
現在形を接続法に変化させた waere を用い,すでに過ぎ去った出来事をふりかえって,
「もしもあのとき○○だったなら」というように,過去を回想する場合には,過去(=
現在完了形)を接続法に直した haette + 過去分詞を用いるのです。
その人の立場になりかわる話をしていたとしても,それはその相手が現在と過去のどちら
に生きている(いた)人か,ということが問題なのではなく,「なりかわる」という
その出来事が現在と過去のどちらに起こるのかを考える必要があ
るということです。

つまり,こうです。
@"Wenn ich George W. Bush waere, haette ich keinen Krieg angefangen."
(私が(広い意味で現在も未来もずっと)ブッシュになりかわることが可能なら,
そんな私は,戦争など始めなかっただろう)
A"Wenn ich damals George W. Bush gewesen waere, haette ich keinen Krieg angefangen."
(私が当時ブッシュであれば…)

@とAで,「なりかわる」出来事が起こる参照点が違うことがお分かりいただけるでしょう
か。

> 私が表したかったのは「イラクで戦争はすでに起こってしまったけれど、
> その前に私がブッシュだったら戦争はしなかった」という意味です。

コロさんが表現したかったのは,Aの意味だと思いますので,コロさんの作文は正解で
あり,だから語学学校の先生も「正しい」と言われたのでしょう。
大家さんの場合は,@の意味で理解されたのだと思います。「コロさんが(いついつの
時点で,とかではなく,ずっと)ブッシュという人物として生きるならば」という
ニュアンスです。ですから,

> 大家さんが違う意味に勘違いしてしまう可能性が潜んでいるのでしょうか

きっと,"damals"(当時)などの言葉が入っていれば,大家さんもAの意味で問題なく
解釈されたことと思いますよ。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/16 (火) 22:14:08 - コロ - No.1100467868.2
詳細なご説明、本当にありがとうございます。

参照点が過去であることを明確にする言葉が足りなかったために
大家さんに誤解されてしまったのですね。
私は私で主文が過去完了なら副文も過去完了でないといけないと
勝手に思い込んでいました。

しばらく頭の中がもモヤモヤしていたのですが、これでスッキリしました!
ありがとうございました。

normalerweise 引用
  2004/11/12 (金) 21:51:17 - ssaito - No.1100263877
お願いします。

Das ist normalerweise kein Problem.
( それは普通問題ないよ。 )

というテキストの文章ですが、この文の中の normalerweise
という単語は、僕の持っている辞書にはありません。こういう
時にはどうしたら良いのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/13 (土) 02:11:43 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.1
それでは、辞書で weise の項をひくとどうでしょうか。「...weise」という見出し語が
あれば良いのですが。

この「...weise」は、形容詞や名詞につけて副詞的に使うことのできる便利な表現です。
名詞につく場合は -sweise(-s-がつく)、形容詞につく場合は -erweise(-er-がつく)
のが典型的です。
(例)Ausnahme「例外」より: ausnahmsweise「例外的に」
   Beispiel「例、たとえ」より: beispielsweise「たとえば、たとえて言えば」
   Teil「部分」より: teilweise「部分的には」(-s-がつかないこともある)
   interessant「興味深い」より: interessanterweise「興味深いことに」
   ueberraschend「驚くべき」より: ueberraschenderweise「驚いたことに」
   gluecklich「幸運な」より: gluecklicherweise「幸運なことに」
などなど。
normalerweise も、normal「ノーマルな」という形容詞に (-er-)weise がついたもの。

このように、「...weise」という語を見かけて、それが辞書にない場合は、(-s-)weise
や (-er-)weise を取り除いてみて、残った部分(つまり形容詞や名詞)の意味を辞書で
調べてみてください。そうすると、それを副詞的に使うのが「...weise」の役割なので
すから、そのものズバリの語が辞書になくても、意味を予測することができます。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/13 (土) 05:48:17 - ssaito - No.1100263877.2
御教示、有難う御座います。

名詞につくと、「 ・・・的 」
形容詞につくと、「 ・・・なことに 」

のようになるのですね。

辞書では、 weise は英語の wise だけでした。
Weise には「 風(ふう) 」、「 状態 」、「 様子 」
などの意味がありますね。これから来るのでしょうか。
合成語は名詞だけかと思っていたのですが、形容詞も
組み合わせる場合があるのだと判りました。

こういう便利な「 部分語? 」は正式にはなんと言うのですか。

返信3 返信-3
 2004/11/13 (土) 16:40:19 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.3
> 名詞につくと、「 ・・・的 」
> 形容詞につくと、「 ・・・なことに 」

必ずしもきれいに一対一対応はしませんので、日本語に訳す(もしくは対応する日本語を
探す)ときには、その文脈に合ったものをお願いしますね。

> 辞書では、 weise は英語の wise だけでした。
> Weise には「 風(ふう) 」、「 状態 」、「 様子 」
> などの意味がありますね。これから来るのでしょうか。

はい。そうです。辞書に「...weise」の見出し語が載っていなくても大丈夫です。
仰るとおり、この「派生語」はこの Weise から来ています。

説明が煩雑なるかと思い、前回は書きませんでしたが、実は normalerweise などの
間にはいる -er- は、女性名詞3格の変化語尾なのです(Weise は女性名詞なので)。こ
れは、Weise が名詞であれば、"in normeler Weise"「通常の方法で」となるところから、
前置詞の in が省略され、全体として一語になり、すべてが小文字で書かれ、副詞に転化
されているという、話すと長い(?)派生が起こっています。
  名詞としての Weise    副詞に転用
 in gluecklicher Weise → gluecklicherweise
 in interessanter Weise → interessanterweise

同様のものに、auf jeden Fall 「いずれの場合でも、いずれにせよ」というのが、やはり
前置詞が欠落し、全体が小文字の副詞(jedenfalls)になるというものがあります。
(名詞 Fall → ...falls)(gegebenenfalls, allenfalls など)

こういう造語法は、「品詞転化」とか、単に「派生語」と呼んだりしています。
「品詞転化/派生」の他のパターンとしては、
・形容詞→名詞 freundlich + -keit = Freundlichkeit
・形容詞・副詞→動詞 besser + ver---en = verbessern
           los + -en = loesen
・名詞→形容詞 Gefahr + -lich = gefaehrlich
・動詞→名詞 fallen + 語尾の-enをとる = Fall
などなど、たくさんあります。つまり、品詞間の交替というわけです。

返信4 返信-4
 2004/11/13 (土) 20:05:37 - ssaito - No.1100263877.4
返信有難う御座います。

> ・・・「品詞転化」とか、単に「派生語」・・・

ドイツ語はダイナミックなのですね。

返信5 返信-5
 2004/11/14 (日) 05:24:37 - ssaito - No.1100263877.5
p.s.

ふと思ったのですが、こういう合成語、派生語の中には
単語が三個以上によるものもあるのですか。

返信6 返信-6
 2004/11/14 (日) 12:06:41 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.6
> ふと思ったのですが、こういう合成語、派生語の中には
> 単語が三個以上によるものもあるのですか。

まず,「派生語」の場合,

@"...weise" (Weise)や "...falls" (Fall)のように,単語レベルのものが(小文字
で書かれて)品詞転化に関わっている場合:

この場合,基本的に「1語+ -weise/falls」しかできません。これは,前にも述べたよう
に,in normaler Weise → normalerweise や,auf jeden Fall → jedenfalls のよう
に,前置詞が省略されて一語化されて,品詞が変わるものですので,「形容詞1語」が来
るという程度の造語力しかありません。

A"-heit/-keit", "-ung" など,単語ではなく「接尾辞」や「接頭辞」がついて品詞が転
化する場合:

この場合には,「単語」ではありません。接辞(接頭辞・接尾辞)と呼ばれる「形態素」
で派生を行うものですが,この場合,これらの接辞が2個以上来ることはありえます。
brennen (動詞「燃える」)+ -bar (接尾辞「〜しうる」)+ -keit (接尾辞)
= brennbarkeit 「可燃性」
などです。

そして,「派生語」とは区別して,「合成語(いわゆる複数の単語をつなげる造語法)」
を考える必要があります。「合成語」では,いくらたくさんの単語が合成されようが,
基底の品詞は変わりません。合成語の場合には,理論的には無制限に合成していくことが
できます。たとえば,

Wohnung 住宅
Wohnungsbau 住宅建造
Wohnungsbaufoerderung 住宅建造助成
Wohnunsgbaufoerderungsgesetz 住宅建造助成法
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachung 住宅建造助成法監査
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommission 住宅建造助成法監査委員会
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiter
住宅建造助成法監査委員会の委員長
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiterszimmer
住宅建造助成法監査委員会の委員長室
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiterszimmerssekretaerin...
住宅建造助成法監査委員会の委員長室の秘書

返信7 返信-7
 2004/11/14 (日) 17:24:44 - ssaito - No.1100263877.7
返信有難う御座います。

物凄いですね。
これに対応出来る漢字の世界が在るのも面白いですね。

Umlaut 引用
  2004/11/13 (土) 13:27:41 - ssaito - No.1100320061
こんにちは。ドイツ語の質問ではないのですが・・・

管理人 様へ

先程テスト書き込みをして見たのですが、この BBS では
Umlaut の入力が出来ないようですね。

田中先生の折角の充実した返信を頂いていることを思うと
残念です。
向後、 Umulaut の入力を可能にするという計画はお持ち
では無いのでしょうか。

返信1 返信-1
 2004/11/14 (日) 15:32:44 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100320061.1
こんにちは。田中です。
そうですね。残念ながら当掲示板の現行の文字コード(S-JIS)ではドイツ語特殊文字の
入力はできませんね。文字コードを UTF-8 に変更すれば可能になるのでしょうが,
私はそこまで CGI に詳しくなく,プログラムをどのように書き換えれば良いのか,わかり
ません。はじめから,Unicode を念頭において,それなりの CGI を使えばよかったの
でしょうが,そこまで頭がまわりませんでした。
 たしかに,いまや UTF-8 に切り替えるべき時だとは思いますが,当面はこのまま特殊
文字は ae, oe, ue, ss などで代用した表記でお願いできますか?
 変にCGIをいじって,みなさまからのご質問,みなさまとやりとりした一連のログが
正しく表示されなくなってしまう(ログは傷つきませんが,コード処理の問題で文字化け
をしてしまい,正しく表示されなくなってしまう)のが一番の痛手です。なにしろ,みな
さまとのやりとりは,私にとっての「財産」ですので。
 いずれ,何とかしたいと思いますので,当面はよろしくご了承ください。

返信2 返信-2
 2004/11/14 (日) 17:09:16 - ssaito - No.1100320061.2
返信有難う御座います。

-ae-, -oe, -ue-, ss の方がタグ入力より簡便ですね。
贅沢を言って済みませんでした。

moechte+動詞の原形 引用
  2004/11/8 (月) 20:45:04 - ssaito - No.1099914304
お願いします。

Ich moechte meine alten Schulfreunde suchen.
( 昔の友達を探したいのです。 )

のように、 moechte+動詞の原形 で「 〜したい }
となるわけですが、

Ich moechte meine alten Schulfreunde zu suchen.

と言ったら、やはり異様でしょうか。

ドイツ語の初期の歴史の中で、
( 助動詞 )+( zu 不定詞句 )
という時代は無かったのですか。

最初から現在のような、
話法の助動詞( muessen, koennen, wollen, duerfen,
moegen, sollen, lassen )+動詞の原形
という用法が確立されていたのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/9 (火) 17:13:48 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099914304.1
「ドイツ語の初期の歴史」という話が出てきましたので、ドイツ語の歴史を確認しておき
ます。
・印欧語(インド・ヨーロッパ語)から、ゲルマン語が分派 紀元前300〜200年頃
・紀元1世紀の初めには、ゲルマン語の中で、東ゲルマン語・北ゲルマン語・西ゲルマン
 語の 区分が確立
 東ゲルマン語(ゴート語=今は系統をひく言語は死滅)、北ゲルマン語(現在のデンマ
 ーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語など)、西ゲルマン語(現在
 のドイツ語、英語、オランダ語など)
・ゲルマン語に属する他言語から、高地ドイツ語が枝分かれ 紀元5〜8世紀ごろ
 「高地」とは、地理的に高い土地という意味で、ドイツの場合、ドイツ南部が高地、
 北部に行くほど低地。
・高地ドイツ語は、さらに時代の上で、「古高地ドイツ語」(通称:古高(ここう)ドイ
 ツ語)と「中期高地ドイツ語」(通称:中高(ちゅうこう)ドイツ語)、さらに「新高
 地ドイツ語(通称:新高(しんこう)ドイツ語)」に分かれる。
 その時代区分は、
 古高ドイツ語 8世紀後半〜11世紀半ば
 中高ドイツ語 11世紀半ば〜1500年まで
 新高ドイツ語 1500年〜現代 (この時代になってはじめて、共通語としての文語が
  成立)

さて、話法の助動詞の歴史についてですが、私の知識では、中高ドイツ語の時代にまで
しかさかのぼれません。古高ドイツ語のことはあまり分かりませんので。ですから、11世紀
頃までのドイツ語の話としてご紹介します。

中高ドイツ語では、話法の助動詞には、kunnen(= koennen)、durfen(= duerfen)、
sulun/soln(= sollen)、mugen(= moegen)、muezen(=muessen)などがありました。
( )の中はいずれも現代語(新高ドイツ語)の語です。結論から申しますと、この時代
でも、話法の助動詞には「動詞の原形」が来ることになっていました。以下、例を挙げて
おきます:
< > の中は、<作者:作品名 詩行番号>

<Hartmann von Aue: Iwein 1618-19>
ich weiz wol daz ich ir hulde
niemer gewinnen kan
「けっして彼女の恩寵を受けることができないことを私はよく知っている」
(gewinnen + kan)

<作者不詳: Das Nibelungenlied 1923a>
jane darftu mich niht gruezen
「私への挨拶などけっして必要のないことだ」
(darf + niht + gruezen)

<Hartmann von Aue: Iwein 486-7>
mahtu mich danne wizzen lan,
waz creatiure bistu?
「それでは私におまえがどんな生き物なのか、教えてはくれまいか」
(maht 'moechte' + lan 'lassen')

<Hartmann von Aue: Gregorius 644-7>
niemer mueze mir geschehen
also grozer ungemach,
als den gelieben geschach,
do si sich muosen scheiden.
「この者たちが別れなければならず、その際に味わったような大きな苦悩が、私のもと
にはけっして起こらぬように」
(mueze + geschehen / muosen + scheiden)

以上のように、いずれも話法の助動詞+動詞の原形が基本です。
現代語の moechten は、本来 moegen の接続法U式ですので、moegen が動詞の原形と
結びつく以上、moechten も同じです。

(参考) Ich moege/moechte meine alten Schulfreunde suchen.

zu がいつから zu不定詞を形成する接続語になったかはちょっと分かりませんが、本来
zu は、方向をあらわす前置詞句に添えて「〜に向かって」という意味をもつ副詞でした。
この機能は現代語でも残っています。nach Westen zu 「西のほうへ向かって」など。
それが次第に前置詞としても使われるようになりました。ちなみに、現代語の zurueck
という単語は、zu + Ruecken で「後ろへ向かって」ということです。中高ドイツ語の
時代にも zuo/ze という語(これが現代語の zu)がありましたが、zu不定詞は導いて
いません。

> 最初から現在のような、話法の助動詞( muessen, koennen, wollen, duerfen,
> moegen, sollen, lassen )+動詞の原形という用法が確立されていたのですか。

「最初から」かどうかがお答えできないので申し訳ないです。そのためには、古高ドイ
ツ語、およびゲルマン語の時代にまでさかのぼらないといけません。何か判れば、また
お伝えさせていただきますが、今回のところはこれでご勘弁を。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/9 (火) 20:18:57 - ssaito - No.1099914304.2
例文を添えていただいた、長文の返信を有難う御座います。

言語の歴史を遡るお話は、時代の厚みと大陸の広がりが感ぜられ、
熱い静かな興奮を覚えました。

ちょっと逸れたところに立った問から、言語学の醍醐味といった
ものかも知れないものに巡り会えて、良かったと思いました。

「wollen」? 引用
  2004/11/5 (金) 10:32:17 - katze - <メール送信> - No.1099618337 - 返信コールON
田中先生、こんにちは。
かなり下にスレッドが下がってしまいましたが
「ゼッヒス」と「nix」(←そういえばコレはどこでも見掛けますね!)
について、丁寧なご解説をありがとうございました。
ところで話が飛びますが、本日受け取った旅行帰りの友人からのメールに
解らない箇所があったので質問させていただきます。
この友人は例の「退院したばかり」の友人なのですが、病気のため
左目が殆ど見えないまま、長年計画していた旅行に(無謀にも)行き、
その感想の一部として語ってくれた部分なのですが;

Am meisten gefrustet war ich,
dass ich nicht gut durch den Kamerasucher/den Digitalmonitor
gesehen habe
und meistens garnicht sah,was ich da eigentlich knipsen wollte,
von den Farben will ich garnicht erst reden.

この文の構成がまず解らないのです。

「一番イライラしたのは、ファインダーがうまく覗けなかったことと
写真を撮りたいと思ったものが殆ど見えなかったことだ」

と、「〜 knipsen wollte,」で一度切るのでしょうか?
そして、あらためて

「その色について〜」となるのでしょうか?

しかし、この最後の解釈がわかりません。
「その色について、語ることすらもしたくはない」
と訳すとおかしいですよね。
話法の助動詞が「koennen」だったらまだ訳しやすいように思えるのですが・・。

ちなみにこの文に続いて
「Aber das hat mich natuerlich keineswegs vom fotographieren abgehalten 」
とあるので、彼女は決してネガティブだったり悲観的だったり、
というわけではなかったものと思われます。

先生はどのように訳されますか?
お忙しいところすみませんが、よろしくお願いいたします

返信1 返信-1
 2004/11/7 (日) 19:02:32 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099618337.1
こんにちは。忙しくしていて返事が遅くなりました。

そうですね、文章としては、knipsen wollte で一度切っても宜しいかと思います。
最後の一文はコンマで文は続いていますが、意味的には切れています。

さて、その解釈ですが、たしかに koennen が使われていない以上は、「語りたくない」
もしくはそれが強すぎるようであれば「語る気になれない」という感じに訳せばよい
でしょう。katze さんもご指摘のように、ご本人は「だからと言って、写真を撮ること
は止めないよ」と言われており、前向きな姿勢をお持ちのようです。
その辺のニュアンスは、erst という語に込められていると思います。erst は「とりあえ
ず」とは「まずは」などと訳せば、日本語とうまく対応するでしょう。
「色については(色が目できちんと認識できたかどうかの点については)、ひとまずは
話す気になれない」という具合でしょうか。

自分が撮りたいものがうまく見えないことでストレスも感じておられるようですし、
ショックがないというと嘘になるのでしょう。その辺の、少し気持ちの整理がつくまで
は・・・という雰囲気が伝わってくるような気がするのですが、katzeさんはどのように
感じられたでしょうか。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/8 (月) 08:26:10 - katze - <メール送信> - No.1099618337.2
田中先生、お忙しい中ご丁寧にありがとうございました。
なるほど!キーは「erst」にあったのですね。
「ひとまずは・・」という1語が入るだけでこの文の連なりが
とても自然な流れになります。納得です!

mehr 引用
  2004/11/7 (日) 20:42:17 - ssaito - No.1099827737
お願いします。

Sie hat sie schon 15 Jahre nicht mehr gesehen.
( 彼女は彼らにもう15年も会っていない。 )

とテキストに在りますが、 mehr はどういうふうに働いている
のですか。考え過ぎかも知れませんが、

会っていないにしても、高々15年を越えない

という意味にならないでしょうか。

返信1 返信-1
 2004/11/7 (日) 21:29:46 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099827737.1
なるほど、そうですね。もしも、(Sie hat sie) nicht mehr als 15 Jahre (gesehen) と
いう文であれば、「15年を超えはしない(15年よりは多くはない)」という意味になりま
すね。

しかし、ここでは、
 15 Jahre = 15年間 ※15 Jahre lang のように、lang をつけることで「期間」を明確
       にする場合もあります。期間。
 nicht mehr = もはや〜ない (英語の no more に相当)
です。従って、「彼女は彼らに、もう15年もの間、もはや会っていない状態が続いている」
という意味になるのです。ですから、
「彼女は彼らにもう15年もずっと会っていない」と訳せば、自然な日本語になるでしょう。
 nicht mehr で熟語(「もはや〜ない」)だということが一番のポイントということに
なります。(病気だったが、それが治って)Ich bin nicht mehr krank. などと、いろ
いろな場面で使える便利な表現です。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/8 (月) 05:54:35 - ssaito - No.1099827737.2
返信、有難う御座います。

解りました。
ドイツ語に接する期間が短く底が浅いと、
ちょっと考え込むともう判らなくなるのですね。

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