ドイツ語質問箱

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ページ 98 (971〜980)
接続法2の用法と聞き取りの訓練について 引用
  2004/11/15 (月) 06:31:07 - コロ - No.1100467868
10月からドイツに語学留学しているコロです。
ご無沙汰しておりました。

先日学校で接続法2の例文を作る宿題が出ました。
その中に「もしジョージ・ワシントン・ブッシュだったら・・・」に
続けなさいという問題があったので私は
Wenn ich George W Bush gewesen waere, haette ich keinen Krieg angefangen.
という文章を書きました。

その日、たまたま大家さんに会ったので、何の気なしに文章を見せて
文章が正しいかどうか聞いてみたところ
「ブッシュはまだ生きているから普通は
Wenn ich George W Bush waere,haette ich keinen Krieg angefangen.
という風に前半部分を現在形で言うと思うわ。文法的にはあなたの文は
あっていると思うけど、ちょっとしっくりこないわね。
これがブッシュじゃなくてヒトラーだったらもうこの世にいないから
完了形で大丈夫だけれど。」
と言うのです。私が納得しかねる顔をしていたので大家さんも再度考えなおして
何度も私の文章を呟いて自分の中で反芻していましたが、
それでも「私なら現在形を使うわ」とのことでした。

翌日私は学校の先生に事の次第を話したのですが
「あなたの文章はあっているわ。接続法は複雑な構文だから
ドイツ人でも稀に正確に使えない人がいるのよ」
という答えでした。大家さんは学校で英語の先生をしているので
言語には造詣の深い人だと個人的に思っています。
しかも母国語ですし、私のとしては学校の先生の言うことにも
一抹の不安が残ります。

私が表したかったのは「イラクで戦争はすでに起こってしまったけれど、
その前に私がブッシュだったら戦争はしなかった」という意味です。
私としてはブッシュが死んでいるか生きているかは
関係のないことだと思っています。となると、最初に挙げた私の文章の中に
大家さんが違う意味に勘違いしてしまう可能性が潜んでいるのでしょうか。

よろしくお願いいたします。

返信1 返信-1
 2004/11/15 (月) 20:32:11 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100467868.1
ひとまず,こちらにお答えします。

そうですね。その人が生きているか死んでいるかは関係なさそうですね。もし生きているか
死んでいるかが問題なら,生きても死んでもいない「空想上のモノ」にたとえる場合はどう
なるのか?…というのは冗談(!)で,実際,すでに過去の人である人物に自分を置き換える
ときも, "Wenn ich Friedrich der Grosse waere, haette ich mein Schloss nicht
"Sanssouci" genannt." 「もし私がフリードリヒ大王なら,宮殿を『サンスーシ』とは
名づけなかっただろう」

などのように,gewesen waere ではなくて waere を使うことができます。

【接続法(ここでは非現実話法)】は,ある文を断定せずに遠まわしに言ったり,仮定の話
をしたりするための用法ですが,あくまでも時制は【直説法】のそれと同一です。たとえば,
上述の例だと,"Wenn ich Friedrich der Grosse bin, [...]" と言っても同じことです。
ただ,「私が大王であること」は現実的にはありえないために,接続法になっているだけ
なのです。ですから,直説法で完了形のもの(haben + 過去分詞)であれば,接続詞は
haette + 過去分詞になるだけです。
"Wenn ich dich nicht kennen gelernt habe, [...]
  ↓
"Wenn ich dich nicht kennen gelernt haette, [...]
(「実際には出会ってしまっており,その事実は動かせない」という意味をこめて)

ですから,分かりやすく言えば,「コロさんがブッシュ大統領になりかわる」という出来事
がもし本当に起こるとして,その出来事(イベント)が現在起こりうるものであれば
現在形を接続法に変化させた waere を用い,すでに過ぎ去った出来事をふりかえって,
「もしもあのとき○○だったなら」というように,過去を回想する場合には,過去(=
現在完了形)を接続法に直した haette + 過去分詞を用いるのです。
その人の立場になりかわる話をしていたとしても,それはその相手が現在と過去のどちら
に生きている(いた)人か,ということが問題なのではなく,「なりかわる」という
その出来事が現在と過去のどちらに起こるのかを考える必要があ
るということです。

つまり,こうです。
@"Wenn ich George W. Bush waere, haette ich keinen Krieg angefangen."
(私が(広い意味で現在も未来もずっと)ブッシュになりかわることが可能なら,
そんな私は,戦争など始めなかっただろう)
A"Wenn ich damals George W. Bush gewesen waere, haette ich keinen Krieg angefangen."
(私が当時ブッシュであれば…)

@とAで,「なりかわる」出来事が起こる参照点が違うことがお分かりいただけるでしょう
か。

> 私が表したかったのは「イラクで戦争はすでに起こってしまったけれど、
> その前に私がブッシュだったら戦争はしなかった」という意味です。

コロさんが表現したかったのは,Aの意味だと思いますので,コロさんの作文は正解で
あり,だから語学学校の先生も「正しい」と言われたのでしょう。
大家さんの場合は,@の意味で理解されたのだと思います。「コロさんが(いついつの
時点で,とかではなく,ずっと)ブッシュという人物として生きるならば」という
ニュアンスです。ですから,

> 大家さんが違う意味に勘違いしてしまう可能性が潜んでいるのでしょうか

きっと,"damals"(当時)などの言葉が入っていれば,大家さんもAの意味で問題なく
解釈されたことと思いますよ。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/16 (火) 22:14:08 - コロ - No.1100467868.2
詳細なご説明、本当にありがとうございます。

参照点が過去であることを明確にする言葉が足りなかったために
大家さんに誤解されてしまったのですね。
私は私で主文が過去完了なら副文も過去完了でないといけないと
勝手に思い込んでいました。

しばらく頭の中がもモヤモヤしていたのですが、これでスッキリしました!
ありがとうございました。

normalerweise 引用
  2004/11/12 (金) 21:51:17 - ssaito - No.1100263877
お願いします。

Das ist normalerweise kein Problem.
( それは普通問題ないよ。 )

というテキストの文章ですが、この文の中の normalerweise
という単語は、僕の持っている辞書にはありません。こういう
時にはどうしたら良いのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/13 (土) 02:11:43 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.1
それでは、辞書で weise の項をひくとどうでしょうか。「...weise」という見出し語が
あれば良いのですが。

この「...weise」は、形容詞や名詞につけて副詞的に使うことのできる便利な表現です。
名詞につく場合は -sweise(-s-がつく)、形容詞につく場合は -erweise(-er-がつく)
のが典型的です。
(例)Ausnahme「例外」より: ausnahmsweise「例外的に」
   Beispiel「例、たとえ」より: beispielsweise「たとえば、たとえて言えば」
   Teil「部分」より: teilweise「部分的には」(-s-がつかないこともある)
   interessant「興味深い」より: interessanterweise「興味深いことに」
   ueberraschend「驚くべき」より: ueberraschenderweise「驚いたことに」
   gluecklich「幸運な」より: gluecklicherweise「幸運なことに」
などなど。
normalerweise も、normal「ノーマルな」という形容詞に (-er-)weise がついたもの。

このように、「...weise」という語を見かけて、それが辞書にない場合は、(-s-)weise
や (-er-)weise を取り除いてみて、残った部分(つまり形容詞や名詞)の意味を辞書で
調べてみてください。そうすると、それを副詞的に使うのが「...weise」の役割なので
すから、そのものズバリの語が辞書になくても、意味を予測することができます。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/13 (土) 05:48:17 - ssaito - No.1100263877.2
御教示、有難う御座います。

名詞につくと、「 ・・・的 」
形容詞につくと、「 ・・・なことに 」

のようになるのですね。

辞書では、 weise は英語の wise だけでした。
Weise には「 風(ふう) 」、「 状態 」、「 様子 」
などの意味がありますね。これから来るのでしょうか。
合成語は名詞だけかと思っていたのですが、形容詞も
組み合わせる場合があるのだと判りました。

こういう便利な「 部分語? 」は正式にはなんと言うのですか。

返信3 返信-3
 2004/11/13 (土) 16:40:19 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.3
> 名詞につくと、「 ・・・的 」
> 形容詞につくと、「 ・・・なことに 」

必ずしもきれいに一対一対応はしませんので、日本語に訳す(もしくは対応する日本語を
探す)ときには、その文脈に合ったものをお願いしますね。

> 辞書では、 weise は英語の wise だけでした。
> Weise には「 風(ふう) 」、「 状態 」、「 様子 」
> などの意味がありますね。これから来るのでしょうか。

はい。そうです。辞書に「...weise」の見出し語が載っていなくても大丈夫です。
仰るとおり、この「派生語」はこの Weise から来ています。

説明が煩雑なるかと思い、前回は書きませんでしたが、実は normalerweise などの
間にはいる -er- は、女性名詞3格の変化語尾なのです(Weise は女性名詞なので)。こ
れは、Weise が名詞であれば、"in normeler Weise"「通常の方法で」となるところから、
前置詞の in が省略され、全体として一語になり、すべてが小文字で書かれ、副詞に転化
されているという、話すと長い(?)派生が起こっています。
  名詞としての Weise    副詞に転用
 in gluecklicher Weise → gluecklicherweise
 in interessanter Weise → interessanterweise

同様のものに、auf jeden Fall 「いずれの場合でも、いずれにせよ」というのが、やはり
前置詞が欠落し、全体が小文字の副詞(jedenfalls)になるというものがあります。
(名詞 Fall → ...falls)(gegebenenfalls, allenfalls など)

こういう造語法は、「品詞転化」とか、単に「派生語」と呼んだりしています。
「品詞転化/派生」の他のパターンとしては、
・形容詞→名詞 freundlich + -keit = Freundlichkeit
・形容詞・副詞→動詞 besser + ver---en = verbessern
           los + -en = loesen
・名詞→形容詞 Gefahr + -lich = gefaehrlich
・動詞→名詞 fallen + 語尾の-enをとる = Fall
などなど、たくさんあります。つまり、品詞間の交替というわけです。

返信4 返信-4
 2004/11/13 (土) 20:05:37 - ssaito - No.1100263877.4
返信有難う御座います。

> ・・・「品詞転化」とか、単に「派生語」・・・

ドイツ語はダイナミックなのですね。

返信5 返信-5
 2004/11/14 (日) 05:24:37 - ssaito - No.1100263877.5
p.s.

ふと思ったのですが、こういう合成語、派生語の中には
単語が三個以上によるものもあるのですか。

返信6 返信-6
 2004/11/14 (日) 12:06:41 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100263877.6
> ふと思ったのですが、こういう合成語、派生語の中には
> 単語が三個以上によるものもあるのですか。

まず,「派生語」の場合,

@"...weise" (Weise)や "...falls" (Fall)のように,単語レベルのものが(小文字
で書かれて)品詞転化に関わっている場合:

この場合,基本的に「1語+ -weise/falls」しかできません。これは,前にも述べたよう
に,in normaler Weise → normalerweise や,auf jeden Fall → jedenfalls のよう
に,前置詞が省略されて一語化されて,品詞が変わるものですので,「形容詞1語」が来
るという程度の造語力しかありません。

A"-heit/-keit", "-ung" など,単語ではなく「接尾辞」や「接頭辞」がついて品詞が転
化する場合:

この場合には,「単語」ではありません。接辞(接頭辞・接尾辞)と呼ばれる「形態素」
で派生を行うものですが,この場合,これらの接辞が2個以上来ることはありえます。
brennen (動詞「燃える」)+ -bar (接尾辞「〜しうる」)+ -keit (接尾辞)
= brennbarkeit 「可燃性」
などです。

そして,「派生語」とは区別して,「合成語(いわゆる複数の単語をつなげる造語法)」
を考える必要があります。「合成語」では,いくらたくさんの単語が合成されようが,
基底の品詞は変わりません。合成語の場合には,理論的には無制限に合成していくことが
できます。たとえば,

Wohnung 住宅
Wohnungsbau 住宅建造
Wohnungsbaufoerderung 住宅建造助成
Wohnunsgbaufoerderungsgesetz 住宅建造助成法
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachung 住宅建造助成法監査
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommission 住宅建造助成法監査委員会
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiter
住宅建造助成法監査委員会の委員長
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiterszimmer
住宅建造助成法監査委員会の委員長室
Wohnunsgbaufoerderungsgesetzesueberwachungskommissionsleiterszimmerssekretaerin...
住宅建造助成法監査委員会の委員長室の秘書

返信7 返信-7
 2004/11/14 (日) 17:24:44 - ssaito - No.1100263877.7
返信有難う御座います。

物凄いですね。
これに対応出来る漢字の世界が在るのも面白いですね。

Umlaut 引用
  2004/11/13 (土) 13:27:41 - ssaito - No.1100320061
こんにちは。ドイツ語の質問ではないのですが・・・

管理人 様へ

先程テスト書き込みをして見たのですが、この BBS では
Umlaut の入力が出来ないようですね。

田中先生の折角の充実した返信を頂いていることを思うと
残念です。
向後、 Umulaut の入力を可能にするという計画はお持ち
では無いのでしょうか。

返信1 返信-1
 2004/11/14 (日) 15:32:44 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1100320061.1
こんにちは。田中です。
そうですね。残念ながら当掲示板の現行の文字コード(S-JIS)ではドイツ語特殊文字の
入力はできませんね。文字コードを UTF-8 に変更すれば可能になるのでしょうが,
私はそこまで CGI に詳しくなく,プログラムをどのように書き換えれば良いのか,わかり
ません。はじめから,Unicode を念頭において,それなりの CGI を使えばよかったの
でしょうが,そこまで頭がまわりませんでした。
 たしかに,いまや UTF-8 に切り替えるべき時だとは思いますが,当面はこのまま特殊
文字は ae, oe, ue, ss などで代用した表記でお願いできますか?
 変にCGIをいじって,みなさまからのご質問,みなさまとやりとりした一連のログが
正しく表示されなくなってしまう(ログは傷つきませんが,コード処理の問題で文字化け
をしてしまい,正しく表示されなくなってしまう)のが一番の痛手です。なにしろ,みな
さまとのやりとりは,私にとっての「財産」ですので。
 いずれ,何とかしたいと思いますので,当面はよろしくご了承ください。

返信2 返信-2
 2004/11/14 (日) 17:09:16 - ssaito - No.1100320061.2
返信有難う御座います。

-ae-, -oe, -ue-, ss の方がタグ入力より簡便ですね。
贅沢を言って済みませんでした。

moechte+動詞の原形 引用
  2004/11/8 (月) 20:45:04 - ssaito - No.1099914304
お願いします。

Ich moechte meine alten Schulfreunde suchen.
( 昔の友達を探したいのです。 )

のように、 moechte+動詞の原形 で「 〜したい }
となるわけですが、

Ich moechte meine alten Schulfreunde zu suchen.

と言ったら、やはり異様でしょうか。

ドイツ語の初期の歴史の中で、
( 助動詞 )+( zu 不定詞句 )
という時代は無かったのですか。

最初から現在のような、
話法の助動詞( muessen, koennen, wollen, duerfen,
moegen, sollen, lassen )+動詞の原形
という用法が確立されていたのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/9 (火) 17:13:48 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099914304.1
「ドイツ語の初期の歴史」という話が出てきましたので、ドイツ語の歴史を確認しておき
ます。
・印欧語(インド・ヨーロッパ語)から、ゲルマン語が分派 紀元前300〜200年頃
・紀元1世紀の初めには、ゲルマン語の中で、東ゲルマン語・北ゲルマン語・西ゲルマン
 語の 区分が確立
 東ゲルマン語(ゴート語=今は系統をひく言語は死滅)、北ゲルマン語(現在のデンマ
 ーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語など)、西ゲルマン語(現在
 のドイツ語、英語、オランダ語など)
・ゲルマン語に属する他言語から、高地ドイツ語が枝分かれ 紀元5〜8世紀ごろ
 「高地」とは、地理的に高い土地という意味で、ドイツの場合、ドイツ南部が高地、
 北部に行くほど低地。
・高地ドイツ語は、さらに時代の上で、「古高地ドイツ語」(通称:古高(ここう)ドイ
 ツ語)と「中期高地ドイツ語」(通称:中高(ちゅうこう)ドイツ語)、さらに「新高
 地ドイツ語(通称:新高(しんこう)ドイツ語)」に分かれる。
 その時代区分は、
 古高ドイツ語 8世紀後半〜11世紀半ば
 中高ドイツ語 11世紀半ば〜1500年まで
 新高ドイツ語 1500年〜現代 (この時代になってはじめて、共通語としての文語が
  成立)

さて、話法の助動詞の歴史についてですが、私の知識では、中高ドイツ語の時代にまで
しかさかのぼれません。古高ドイツ語のことはあまり分かりませんので。ですから、11世紀
頃までのドイツ語の話としてご紹介します。

中高ドイツ語では、話法の助動詞には、kunnen(= koennen)、durfen(= duerfen)、
sulun/soln(= sollen)、mugen(= moegen)、muezen(=muessen)などがありました。
( )の中はいずれも現代語(新高ドイツ語)の語です。結論から申しますと、この時代
でも、話法の助動詞には「動詞の原形」が来ることになっていました。以下、例を挙げて
おきます:
< > の中は、<作者:作品名 詩行番号>

<Hartmann von Aue: Iwein 1618-19>
ich weiz wol daz ich ir hulde
niemer gewinnen kan
「けっして彼女の恩寵を受けることができないことを私はよく知っている」
(gewinnen + kan)

<作者不詳: Das Nibelungenlied 1923a>
jane darftu mich niht gruezen
「私への挨拶などけっして必要のないことだ」
(darf + niht + gruezen)

<Hartmann von Aue: Iwein 486-7>
mahtu mich danne wizzen lan,
waz creatiure bistu?
「それでは私におまえがどんな生き物なのか、教えてはくれまいか」
(maht 'moechte' + lan 'lassen')

<Hartmann von Aue: Gregorius 644-7>
niemer mueze mir geschehen
also grozer ungemach,
als den gelieben geschach,
do si sich muosen scheiden.
「この者たちが別れなければならず、その際に味わったような大きな苦悩が、私のもと
にはけっして起こらぬように」
(mueze + geschehen / muosen + scheiden)

以上のように、いずれも話法の助動詞+動詞の原形が基本です。
現代語の moechten は、本来 moegen の接続法U式ですので、moegen が動詞の原形と
結びつく以上、moechten も同じです。

(参考) Ich moege/moechte meine alten Schulfreunde suchen.

zu がいつから zu不定詞を形成する接続語になったかはちょっと分かりませんが、本来
zu は、方向をあらわす前置詞句に添えて「〜に向かって」という意味をもつ副詞でした。
この機能は現代語でも残っています。nach Westen zu 「西のほうへ向かって」など。
それが次第に前置詞としても使われるようになりました。ちなみに、現代語の zurueck
という単語は、zu + Ruecken で「後ろへ向かって」ということです。中高ドイツ語の
時代にも zuo/ze という語(これが現代語の zu)がありましたが、zu不定詞は導いて
いません。

> 最初から現在のような、話法の助動詞( muessen, koennen, wollen, duerfen,
> moegen, sollen, lassen )+動詞の原形という用法が確立されていたのですか。

「最初から」かどうかがお答えできないので申し訳ないです。そのためには、古高ドイ
ツ語、およびゲルマン語の時代にまでさかのぼらないといけません。何か判れば、また
お伝えさせていただきますが、今回のところはこれでご勘弁を。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/9 (火) 20:18:57 - ssaito - No.1099914304.2
例文を添えていただいた、長文の返信を有難う御座います。

言語の歴史を遡るお話は、時代の厚みと大陸の広がりが感ぜられ、
熱い静かな興奮を覚えました。

ちょっと逸れたところに立った問から、言語学の醍醐味といった
ものかも知れないものに巡り会えて、良かったと思いました。

「wollen」? 引用
  2004/11/5 (金) 10:32:17 - katze - <メール送信> - No.1099618337 - 返信コールON
田中先生、こんにちは。
かなり下にスレッドが下がってしまいましたが
「ゼッヒス」と「nix」(←そういえばコレはどこでも見掛けますね!)
について、丁寧なご解説をありがとうございました。
ところで話が飛びますが、本日受け取った旅行帰りの友人からのメールに
解らない箇所があったので質問させていただきます。
この友人は例の「退院したばかり」の友人なのですが、病気のため
左目が殆ど見えないまま、長年計画していた旅行に(無謀にも)行き、
その感想の一部として語ってくれた部分なのですが;

Am meisten gefrustet war ich,
dass ich nicht gut durch den Kamerasucher/den Digitalmonitor
gesehen habe
und meistens garnicht sah,was ich da eigentlich knipsen wollte,
von den Farben will ich garnicht erst reden.

この文の構成がまず解らないのです。

「一番イライラしたのは、ファインダーがうまく覗けなかったことと
写真を撮りたいと思ったものが殆ど見えなかったことだ」

と、「〜 knipsen wollte,」で一度切るのでしょうか?
そして、あらためて

「その色について〜」となるのでしょうか?

しかし、この最後の解釈がわかりません。
「その色について、語ることすらもしたくはない」
と訳すとおかしいですよね。
話法の助動詞が「koennen」だったらまだ訳しやすいように思えるのですが・・。

ちなみにこの文に続いて
「Aber das hat mich natuerlich keineswegs vom fotographieren abgehalten 」
とあるので、彼女は決してネガティブだったり悲観的だったり、
というわけではなかったものと思われます。

先生はどのように訳されますか?
お忙しいところすみませんが、よろしくお願いいたします

返信1 返信-1
 2004/11/7 (日) 19:02:32 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099618337.1
こんにちは。忙しくしていて返事が遅くなりました。

そうですね、文章としては、knipsen wollte で一度切っても宜しいかと思います。
最後の一文はコンマで文は続いていますが、意味的には切れています。

さて、その解釈ですが、たしかに koennen が使われていない以上は、「語りたくない」
もしくはそれが強すぎるようであれば「語る気になれない」という感じに訳せばよい
でしょう。katze さんもご指摘のように、ご本人は「だからと言って、写真を撮ること
は止めないよ」と言われており、前向きな姿勢をお持ちのようです。
その辺のニュアンスは、erst という語に込められていると思います。erst は「とりあえ
ず」とは「まずは」などと訳せば、日本語とうまく対応するでしょう。
「色については(色が目できちんと認識できたかどうかの点については)、ひとまずは
話す気になれない」という具合でしょうか。

自分が撮りたいものがうまく見えないことでストレスも感じておられるようですし、
ショックがないというと嘘になるのでしょう。その辺の、少し気持ちの整理がつくまで
は・・・という雰囲気が伝わってくるような気がするのですが、katzeさんはどのように
感じられたでしょうか。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/8 (月) 08:26:10 - katze - <メール送信> - No.1099618337.2
田中先生、お忙しい中ご丁寧にありがとうございました。
なるほど!キーは「erst」にあったのですね。
「ひとまずは・・」という1語が入るだけでこの文の連なりが
とても自然な流れになります。納得です!

mehr 引用
  2004/11/7 (日) 20:42:17 - ssaito - No.1099827737
お願いします。

Sie hat sie schon 15 Jahre nicht mehr gesehen.
( 彼女は彼らにもう15年も会っていない。 )

とテキストに在りますが、 mehr はどういうふうに働いている
のですか。考え過ぎかも知れませんが、

会っていないにしても、高々15年を越えない

という意味にならないでしょうか。

返信1 返信-1
 2004/11/7 (日) 21:29:46 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099827737.1
なるほど、そうですね。もしも、(Sie hat sie) nicht mehr als 15 Jahre (gesehen) と
いう文であれば、「15年を超えはしない(15年よりは多くはない)」という意味になりま
すね。

しかし、ここでは、
 15 Jahre = 15年間 ※15 Jahre lang のように、lang をつけることで「期間」を明確
       にする場合もあります。期間。
 nicht mehr = もはや〜ない (英語の no more に相当)
です。従って、「彼女は彼らに、もう15年もの間、もはや会っていない状態が続いている」
という意味になるのです。ですから、
「彼女は彼らにもう15年もずっと会っていない」と訳せば、自然な日本語になるでしょう。
 nicht mehr で熟語(「もはや〜ない」)だということが一番のポイントということに
なります。(病気だったが、それが治って)Ich bin nicht mehr krank. などと、いろ
いろな場面で使える便利な表現です。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/8 (月) 05:54:35 - ssaito - No.1099827737.2
返信、有難う御座います。

解りました。
ドイツ語に接する期間が短く底が浅いと、
ちょっと考え込むともう判らなくなるのですね。

前置詞+形容詞 引用
  2004/11/5 (金) 22:27:50 - ssaito - No.1099661270
お願いします。

テキストの文章で、

Kleinere Betraege werden besser in bar bezahlt.
・・・ 額が小さめのときは、現金で支払った方がいいけどね。

というところの in bar は何かが省略されているのですか。
in barem Geld とか。

辞書では、 in bar zahlen ( 現金で支払う ) が
慣用句になっていますが、 in(前置詞)+bar(形容詞)
で副詞になるのですか。

返信1 返信-1
 2004/11/7 (日) 19:22:04 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099661270.1
返事が遅くなりました。
in bar は、ご指摘のとおり「前置詞+形容詞」です。
bar は形容詞で、特に何も省略されていません(形容詞そのもの)。
たとえば mit Bargeld 「現金で」という表現もありますが、こちらは bar + Geld です。

このように、前置詞+形容詞の表現は、熟語(決まり文句)の場合のみ可能です。
すでに熟語として定着したものが多いので、生産的に何でもこのように言えるということ
はなさそうです。
他の同様の例として、
[etwas] in schwarz [malen] 「〜を悲観的に見る」
ueber kurz oder lang 「早かれ遅かれ」
von fern 「遠くから」
durch dick und duenn 「どんなところでも」
 [mit jemandem] durch dick und duenn [gehen] 「〜と苦楽をともにする」
auf gut deutsch 「歯に衣着せずに」
 (「ドイツ語で」という意味の auf deutsch(現行の新正書法では auf Deutsch)の
  場合の deutsch/Deutsch は名詞ですが、auf gut deutsch の deutsch は形容詞
  です)

> 辞書では、 in bar zahlen ( 現金で支払う ) が
> 慣用句になっていますが、 in(前置詞)+bar(形容詞)
> で副詞になるのですか。

そうですね。副詞として使われます。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/7 (日) 20:27:50 - ssaito - No.1099661270.2
返信、有難う御座います。

前置詞+形容詞 の決り文句が沢山在るのですね。

国名−2 引用
  2004/11/4 (木) 05:28:35 - ssaito - No.1099513715
お願いします。

国名のなかで中性名詞の Italien, Japan・・・などは,
「通常は無冠詞」で使われるとのことですが、その由来は
何か有るのですか。

男性国名、女性国名にはちゃんと定冠詞をつけておいて、
中性国名だけ定冠詞を省略してもそんなに得になるわけでも
ないと思われますが。

返信1 返信-1
 2004/11/4 (木) 15:35:17 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099513715.1
たしかに,得にはならないと思いますが,男性国名,女性国名,中性国名の比率を
考えると,男性・女性国名だけを特別扱い(つまり定冠詞をつける)するのは仕方が
ないのかもしれません。

どういうことかと言いますと,これは,「中性名詞」の本質に関わってきます。
ドイツ語のすべての名詞が男性,女性,中性の3つの性に分けられている,これには
まだ完全な説明を与えることができません。しかし,もうひとつ,
 男性名詞 男性的なもの(生物学的に男)
 女性名詞 女性的なもの(生物学的に女)
 中性名詞 モノ(生物ではないもの)
という,いわば“生物学”的にみたイメージがあると思います。つまり,たとえば
日本(Japan)という国を考えると,
 男性名詞 日本人男性 = Japaner
 女性名詞 日本人女性 = Japanerin
 中性名詞 日本(という国),日本語
というイメージになります。つまり,国名や言語名は,それ自体のもつイメージとして
はじめから「中性的」であることが分かるかと思います。

ですから,イタリアであれ日本であれブラジルであれ,中国であれ,世界のほとんど
すべての国名は中性名詞なのです。ただ,ほんの僅かの国だけが,例外的に男性名詞
だったり女性名詞だったりします。それらは,特殊(もちろん,その国が特殊という
意味ではなくて,文法上の性が少数派だというだけの意味ですが)だということを示す
ために定冠詞を付けたままにします。大多数の多数派である中性名詞国名が,いわば
「国」が中性的なものであるからこそ,中性名詞であることは当然だとして,冠詞を
省略できることに対比させなければなりません。
 なぜ Irak や Iran が男性名詞で,Schweiz が女性名詞なのか,など,その先の
区別方法についてはわかりませんが,少なくとも「中性名詞が多数派(国がそもそも
性を感じさせない存在なので)―男性・女性名詞の国名が少数派」という構図だけは
イメージできるかと思います。
 なお,トルコ die Tuerkei が女性名詞なのは,ほぼ「形態的」なものだと思うの
ですが。語尾が -ei で終わる名詞は,決まって女性名詞に分類されます。
Baeckerei, Metzgerei, Konditorei, Spielerei, Kinderei などなど。
ですから,このルールに基づき,die Slowakei, die Mongolei は女性名詞です。
 他の中性名詞ではない国名にも,あえて(標準的であるはずの)中性名詞では
ない理由があるのでしょうね。 (田中)

返信2 返信-2
 2004/11/4 (木) 16:39:56 - ssaito - No.1099513715.2
返信有難う御座います。

> 「中性名詞が多数派(国がそもそも性を感じさせない
存在なので)―男性・女性名詞の国名が少数派」

だったのですね。

-ei が女性名詞に特有の語尾であるというのは新しい
知識でした。

国名 引用
  2004/11/2 (火) 16:17:34 - ssaito - No.1099379854
お願いします。

国名には、冠詞を付けるもの die Schweiz や、
冠詞を付けないもの Italien などがあるそうですが、
何か謂れが有るのですか。

男性定冠詞を付ける国も在りますか。

返信1 返信-1
 2004/11/2 (火) 18:05:56 - 田中雅敏 - <mtanaka@hiroshima-u.ac.jp> - No.1099379854.1
そうですね。国名には,die Schweiz や die Tuerkei のように,女性名詞であったり,
der Iran や der Iraq のように男性名詞であるものがありますね。しかし,これらは,
「常に定冠詞をつける」という意味では特殊ですが,性別を持っているという意味では
まったく特殊ではありません。というのは,Japan であれ Italien であれ Brasilien で
あれ,性別はあります!中性名詞です。従って,敢えて書けば das Japan であり,das
Italien であり,das Brasilien などということになります。その証拠に,インターネッ
トで ins Brasilien などと入力して検索してみると,ちゃんとヒットします。ins は
in + das のことですので,Brasilien は中性名詞だということがわかります。

ただし,これら中性名詞は,「通常は無冠詞」で使われます。従って,普段はまるで性別
がないもののように捉えられてしまいがちですが,ちゃんと性別はあるのです。ただ,
男性名詞や女性名詞の国名ばかりが目立ってしまうだけです。

この国がなぜ男性名詞で,どの国がなぜ女性名詞なのかは,わかりませんが,どの国名で
も,例外なく性別は割り当てられているということも大切なことだと思います。(田中)

返信2 返信-2
 2004/11/2 (火) 20:08:23 - ssaito - No.1099379854.2
返信を有難う御座います。

無冠詞の Italien などは中性名詞だったのですね。
規則的なものが無いとすれば、国名の性別はその都度
覚えなければなりませんね。

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