ドイツ語質問箱

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昔、ドイツ語を第2外国語で勉強しましたが・・・。 引用
  2010/5/16 (日) 07:50:05 - 郡上経済学研究所 - <メール送信> - No.1273963805 - 返信コールON
今から25年以上前に、大学1年生の時、第2外国語として、文法とリーダーの2教科
を1年間履修しました。

1年間では、何も身につかなかったと言うか、全然、単語を読むことさえできません。

ちなみに、「Neue Deutsche Grammatik」という日本語に訳せ
ば「新しいドイツ語文法」という教科書(1979年、佑学社)を使っていました。

その中にexemplarische Lehmethodeの考え方を取り入れ、M
ut zur Lückeを抱いてみたと書かれていました。

独和辞典を引けば分かりそうな内容ですが、これってどういう意味ですか?

最後に、ニフティーのココログ広場に「ドイツ語」というコーナーを作りましたので、
気軽にツィッターでささやいていただけると幸いです。 

返信1 返信-1
 2010/5/17 (月) 14:19:38 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1273963805.1
こんにちは。ご質問ありがとうございました。
残念ながら手元に『 Neue Deutsche Grammatik 』(1979年, 佑学社)がありませんので、
どのような教材なのか確認できていません。ですから、以下、的外れ(実物の教科書の教
授メソッドに合致していない)かもしれませんが、予めご容赦ください。

さて、(1) exemplarische Leh[r]methode と (2) Mut zur Lücke についてです。これら
の意味(語句の意味)自体は、たしかに辞書をひけばわかるとは思いますが、それが果た
してどのようなものを指しているのかは、辞書には載っていないかもしれませんので、私
がわかる範囲で説明させていただきます。なお、私は「教授法」を専門としませんので、
理解の不足、誤り等があるかもしれません。願わくば、この「質問箱」をご覧の、教授法
専門家の方々からの補足コメントをお願いしたいところです。

今回ご紹介いただきました教科書の中の記述によると、(2) は (1) の結果として生ずる
というような主旨が読み取れます。(2) Mut zur Lücke とは、Mut: 勇気・英断, Lücke:
空白・空所 という単語から、「空白に対する勇気」と直訳できます。これは、教授法の
領域では、「(教科書等で)扱わない領域・項目を生じさせてしまう(=これが空白)こ
とに対して、敢えてそれを恐れない(=勇気)」ということを指すようです。これは、教
科書や参考書を編纂する場合、もちろんありとあらゆるドイツ語文法項目を盛りこみたい
のは山々なのですが、紙幅の都合や、あるいはその教材が対象としている学習者層の水準
にあわせて、敢えて扱わない項目を生み出す(たとえば、登場させる語彙数を予め200
語とか500語とかに制限してしまうと避けられないことです)・・・ということは、必
ず検討されるところです。
 (1) は、「より具体的な例示、生きた表現データ」などを指すものと思われます。
authentisch (実録データなどの“本物の言語データ”)という概念と(同じではないにせ
よ)近いのではないかという印象があります。つまり、教科書に掲載する例文や表現集
は、できるだけ学習者が早かれ遅かれドイツ語圏に行ったときに実際に体験するであろう
状況を想定したものや、あるいはもっといえば実際に著者がドイツで録音・収集した言語
データを掲載している、など、いろいろ考えられますが、生きたコミュニケーションに根
差した教科書編纂を目指したというような意味合いが考えられるのではないでしょうか。
コミュニカティブに根差しているため、副次的に、扱うことを泣く泣く見送った文法項目
がある(=(2))という方向性のことが述べられているのではないかと思います。文法運用
能力を重視するか、コミュニケーション能力を重視するか、もちろんその両者をバランス
よく重視するのが理想的ですが、実際には文字通り「バランス」ですので、どちらかに傾
くことは避けられません。

> 最後に、ニフティーのココログ広場に「ドイツ語」というコーナーを
> 作りましたので、気軽にツィッターでささやいていただけると幸いです。

「ツィッター」というのは、最近よく耳にしますが、どう利用するものかよくわからな
かったのですが、ココログ広場の「ドイツ語」コーナーは拝見しました。カテゴリーの
「語学」の中でドイツ語は1件だけ開設中でしたのですぐにわかりました。また読ませて
いただきますね。

以上、参考になれば幸いです。

in Brussel-er Krankenhaus eingeliefert (werden) 引用
  2010/5/10 (月) 16:57:13 - Opa - <メール送信> - No.1273478233
田中先生 しばらくぶりに質問させて戴きます。

Google News (DE) でショイブレ大臣が、「ブリュッセルの病院『へ』入院」と
いうニュースをいくつか眺めていたら何となく違和感を覚えました。

下記のような Schlagzeilen が目に留まりました。(類似文は少なくない)

Brüssel のウシロの -er という語尾が違和感の原因でした。
これは、Krankenhaus の四格語尾としては「ン、なんだ!」という気がする
のですが、無論メディア側に誤りはないと思いますので、文法的な御説明
を戴けると、また知恵が付く気がします。  宜しくお願い致します。

Schäuble in Brüsseler Krankenhaus eingeliefert
Spiegel Online - ‎Vor 15 Stunden‎

Schäuble ins Krankenhaus eingeliefert
Derwesten.de - ‎Vor 13 Stunden‎

Schäuble in Brüsseler Krankenhaus eingeliefert
tagesschau.de - ‎Vor 15 Stunden‎

(in Brüsseler Klinik eingeliefert という見出しに驚いて辞書を引いたりし
てGoogle News に戻ると、この見出しは消えていました)

返信1 返信-1
 2010/5/11 (火) 11:15:35 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1273478233.1
こんにちは。いつも貴重なご質問をありがとうございます。

> Schäuble in Brüsseler Krankenhaus eingeliefert

などにおける、"Brüsseler" に見られる語尾 -er についてですが、元来は、「地
名+er」でその土地の住民やその土地の出身者を表す表現から来ています。Brüsseler は
「ブリュッセルの人々」、他に Berliner (ベルリンっ子), Hamburger (ハンブルクっ子)
のように使います(なお、これは日本の地名にも使えます: Okonomiyaki der Osakaer
und Hiroshimaer Art... など、ウェブ検索してもいろいろ見つかると思います。ドイツ
の地名でも Jena のように -a で終わる地名がありますが、ここに -er がついても -er
自体が母音化していますので、発音は [je:na:] となります)。

さて、この Brüsseler のような「人」を表す表現を、変化語尾をつけないで形容詞的に
用いることができます。→ Brüsseler Krankenhaus, Kölner Dom, Hamburger Flughafen
などなど。。。これは、複数形2格の形を付加語的に用いているもので(「ブリュッセル
の人々の〜」→「ブリュッセルの〜」)、あくまでも由来は名詞句ですので、語尾変化は
しないというわけです。

返信2 返信-2
 2010/5/11 (火) 15:56:02 - Opa - <メール送信> - No.1273478233.2
田中先生

いつもの、素早く具体的な御回答感謝いたします。

Kölner Dom などの -er は男性一格語尾と思いこんでいました。


次の訳を教えて下さい。 引用
  2010/3/18 (木) 02:25:14 - ココナッツ - No.1268846715
Die westeuropäischen Regierungen sollten die Bedrohung durch den Kommunismus
nicht unterschätzen.

を、下記のように訳してみたのですが、合ってますでしょうか。

「西ヨーロッパ政府は共産主義を利用した(通った)脅迫を甘く見るべきではない。」

この場合の<b>duruchの訳が難しい</b>です。
あと、sollではなく、solltenにすることによって話し手の丁寧さが伺える
のでしょうか。<b>sollten にしなくてはいけない理由</b>も教えてください。


返信1 返信-1
 2010/3/22 (月) 12:39:10 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1268846715.1
Guten Tag!
返信が遅くなり申し訳ありません。

> Die westeuropäischen Regierungen sollten die Bedrohung
> durch den Kommunismus nicht unterschätzen.

> 「西ヨーロッパ政府は共産主義を利用した(通った)脅迫を
> 甘く見るべきではない。」

対応する日本語訳としては、これでほぼよろしいかと思います。ただし、「西ヨーロッパ
政府」ですと、「西ヨーロッパ」という国があってその政府のことを指しているような印
象を与えてしまっては困りますので「西ヨーロッパ諸国の政府は〜」とされると良いかも
しれません(原文の Regierungen は複数形です。日本語では「政府」に複数形はありま
せんので「政府」のままで良いでしょう(「諸政府」ともあまり言いませんね))。"die
Bedrohung durch Kommunismus" のところは「共産主義を盾にした脅迫」とか「共産主義
者たちによる脅迫」などと訳すと日本語としてしっくりくるかもしれません。

なお、"durch" へのご質問については:

> この場合のduruchの訳が難しい

(1) "Die Existenz der Printmedien ist durch die neuen Medien bedroht."
  「(紙媒体)印刷物の存在が新しいメディアによって脅かされている」

のように、受動文で durch を見かけることがあると思います。このような durch は、能
動態の文において本来主語になるようなものを、受動文で位置づけを換えて表現するとき
に使います。受動文では、対応する能動文の目的語が主語になりますので、対して、能動
文の主語はもはや受動文では主語のままではいられず、別の形で表されることになるとい
うわけです。例文 (1) ですと、対応する能動文としては

(1') "Die neuen Medien bedrohen die Existenz der Printmedien."

となるでしょう。
 ところで、次の文を見てください。これらは『独和大辞典』の "durch"の項目の文中か
らの引用ですが、

(2) Er wurde durch eine begeisterte Menge aufgehalten.
 「熱狂した群衆のために彼は先に進めなかった」
(3) Er wurde von einer begeisterten Menge aufgehalten.
 「熱狂した群衆が、彼を捕えて先に進ませようとしなかった」

で、前置詞 durch と von が使い分けられているだけで、文の他の部分は同じです。意味
は違ってきます。一般的に、それ自体は意志を持たないもの、あるいは意図して何かをし
ようとしたのではないものを表現するときには durch を用い、意図的に何かをしようと
する行為者の場合には von という前置詞を使うことになっています。(2) では、「群
衆」は「彼」のことを通せんぼしようとする意図はまったくなかったにも関わらず、単に
結果として「彼」は足止めをくらったわけです。(3) では「群衆」に明らかな意図が見て
とれるというわけです。
 では、(1) の場合はどうかといいますと、「新興メディア」には、別に「(従来からあ
る)紙媒体印刷物」のことを脅かそうとする意志はないでしょう。ですから、ここは
"die Bedrohung von den neuen Medien" とはできないのです。durch と von を使いわけ
るときの「行為の原因」部分の意志の有無がポイントです。

では、今回挙げてくださっている文:

Die westeuropäischen Regierungen sollten die Bedrohung durch den Kommunismus
nicht unterschätzen.

ではどうでしょうか。厳密には Kommunismus は「主義」のひとつであり、それ自体には
「意志」はないと考えられます。そうだとすれば、「共産主義者」のように意味を拡大し
て理解するか、あるいは、Kommunismus を脅迫するときの道具立てとして解釈し、「脅か
す原因となるもの」を表現していると理解することができますね。

それから、sollten について:

> あと、sollではなく、solltenにすることによって話し手の丁寧さが伺える
> のでしょうか。sollten にしなくてはいけない理由も教えてください。

そうですね。「話し手の丁寧さ」ということで宜しいでしょう。これは sollen の接続法
U式です。接続法U式は「非現実話法」を表し、ここでは非現実という意味合いを「ある事
柄をはっきりと現実のものとして提示しない(つまり、婉曲的な表現)手法」として用い
ているわけです。以下、補足します。
 話法の助動詞 sollen は、意味合いそのものは müssen と重なる部分が大きいと言われ
ています(どちらも専門的にいえば「義務性」を表す)。実際、ドイツ語を母語としない
人が sollen を用いて表現するもののほとんどはドイツ語母語話者であれば müssen で表
現してしまうとも言われています。乱暴に言ってしまえば、「絶対に sollen を使わなく
てはいけない」という理由は積極的には存在しないことになります。でも、それではあま
りにも乱暴な言いかたすぎますので、sollen の本質を言いあらわすとすれば、sollen は
「他者の意図(wollen) を表す」ということです。それに対して、müssen は客観的な義務
性か、もしくは誰の意図かが見えない中立的な義務性です。
 今回の文では、誰か(=他者;たとえばこの文を書いたジャーナリスト)がそのように
すべきであると思っている(=意図)ということになります。
 ただし、sollen をそのまま使うのでは、明らかな意図の押し付けになり、丁寧さは損
なわれます。そこで婉曲的な表現にしてあるということです。

以上、お望みの回答ができているかわかりませんが、参考になれば幸いです。返信が遅く
なりましたが、これに懲りずまた投稿いただければと思います。

返信2 返信-2
 2010/3/27 (土) 21:31:50 - ココナッツ - No.1268846715.2
詳しく教えて頂き、ありがとうございました。ご説明の感覚をつかみ、使える様になるま
でたくさんの本を読まなくてはいけませんね。がんばります。

sich (方向を示す語句を伴う動詞と) 引用
  2010/3/19 (金) 11:22:11 - schiri - No.1268965331
こんにちは、

お久しぶりです。今は東京にいらっしゃるんですね。
早速質問させて頂きたいのですが、下記の記事にklicken Sie sich durch die Fotos!
という文があります:
http://www.bild.de/BILD/sport/2010/02/20/curling-andrea-sieht-aus-wie-oliver-
kahn/lustige-doppelgaenger-des-sports.html

辞書を引いてみると、タイトルに書いたように方向を示す語句と用いられるようです。
しかし疑問に思ったのですが、このsichには何の意味があるのでしょうか?
これを用いる事によって何かニュアンスが変わるのでしょうか?

辞書に掲載されていた例文としては、
sich durch die Gegend betteln
er hat sich damals durch das ganze Land gebettelt
sich nach Hause finden
がありましたが、いずれもsich 無しで文が成立すると思うのですが、sichを入れると何か
変わるのでしょうか?

それからDudenの方を見ますと
sich durch ein Menü klicken (über ein Menü das gesuchte Programm finden).
とあり「メニューを通して、探しているプログラムを見つける」と言うような意味になります
が、「sich durch ein Menü klicken」だけで見つけるというニュアンスが含まれているの
でしょうか? 

もしそうであるとすると、
Klicken Sie sich durch die Fotos! は「写真を通して、探している者を見つけてください」
と言うような具合で訳せばいいのでしょうか?
それとも単に「クリックして写真を見て下さい」がいいのでしょうか?
この場合だと Klicken Sie auf die Fotos! がいいような気がするのですが。。。何故ここ
でdurchを使っているのかもよく分かりません。

また、お時間のある時にご回答頂ければと思います。
失礼致します。


返信1 返信-1
 2010/3/19 (金) 16:21:12 - schiri - No.1268965331.1
ひとつ質問し忘れました。

この場合のsichは対格が使われていると理解してよろしいのでしょうか?

返信2 返信-2
 2010/3/23 (火) 17:04:28 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1268965331.2
Guten Tag!
返信が遅くなりまして申し訳ありません。
はい、いまは都内の大学に所属変更となっております。引き続き、こちらの「質問箱」で
意見交換・情報交換ができますことを楽しみにしております。

さて、今回のご質問についてですが、とても貴重なデータをご紹介いただきました。
追加のご質問にあります

> この場合のsichは対格が使われていると理解してよろしいのでしょうか?

につきましては、与格 (Dativ) だと思います。この与格は【経験者の3格】などと呼ば
れるもので、具体例としては:

(1) Ich bin mir nicht sicher, dass [...]
(2) Mir gefällt in der Stadt nicht.
(3) Du musst dir sofort die Hände waschen.

などが挙げられます。一般的には「経験」というと何か自分から能動的に行動を起こして
の経験値のように使うかもしれませんが、ここでいう【経験】とは、心理的な経験をす
る、他者の行為による利害を受ける・・・などを指しています。ドイツ語では【経験者】
は "wahrnehmende Person" といい、「ある事柄を知覚・経験する人」を指します。【利
害の受け手】については "Benefizient" ともいいますが、"Nutznießer - vom Schaden
betroffene Person" ということです。例文 (3) の、いわゆる【身体の一部を指す3格】
も、広い意味では【経験者】といえるでしょう(「手を洗うという行為の体験者」)。

今回の興味深い文 "Klicken Sie sich ...!" は、主語が Sie ではなくて du の場合には
"Klick dir... !" となるようですから、3格で良いのだと思います。

もうひとつ、参考になるのが、

> それからDudenの方を見ますと
> sich durch ein Menü klicken (über ein Menü das gesuchte Programm finden).

です。こちらも、言い換え表現のほうを見ますと、「メニュー一覧を見ることによって、
探しているプログラムにたどり着く」ということですので、「探しているものが見つか
る」というのは、自分にとって「利益」でもあり、また「気づき」(wahrnehmen)でもあ
ります。
 ただし、このときの sich は省略可能です。動詞(klicken)にとっては、必ずしも必
要な項ではないからです。gefallen のように、必須項目として3格目的語を取るものは
別ですが、

(1)' Ich bin [mir] nicht sicher, [...]
(4) Klicken Sie [sich] durch die Fotos!

でも大丈夫です。ですから、

> この場合だと Klicken Sie auf die Fotos! がいいような気がするのですが。。。

これでも良いのですが、sich があると、「それを自分の知識として獲得する」という意
味合いがさらに明確になるのだと思います。Klicken Sie sich durch die Fotos! は
Schauen Sie sich die Fotos an! と類似しています。

なお、このことは、次のご質問に関係しているはずです:

> 「sich durch ein Menü klicken」だけで見つけるというニュアンスが
> 含まれているのでしょうか?

動詞 klicken だけでは、たしかに「マウスクリックする」という行為しか指さないかも
しれませんが、sich klicken と複合的にすることによって、klicken することによる
「経験・気づき・知覚」が加わりますので、「(マウスクリックすることによって)何か
らの情報を得る」というところまで読み込まれるのです。

最後に、

> 何故ここでdurchを使っているのかもよく分かりません。
> Klicken Sie sich durch die Fotos! は「写真を通して、探している者を見つけてく
ださい」
> と言うような具合で訳せばいいのでしょうか?
> それとも単に「クリックして写真を見て下さい」がいいのでしょうか?

「写真を見ることによって自分の目で確かめてください」というようなニュアンスになり
ますね。今回ご紹介いただいた参照先サイトは、「2人の人物がそっくりに見える」とい
うものですので、「百聞は一見に如かず」です、ということでしょうか。
前置詞に durch が使われているのは、たしかに auf den Fotos や an die Fotos と表現
することも可能でしょうが、durch ですと「次々に見てまわる」という意味合いがでるの
でしょうね。複数の写真があって、それらを「最初から最後まで通して見てみる」という
イメージでしょうか。

以上、参考になれば幸いです。回答が大幅に遅くなりまして、失礼いたしました。

返信3 返信-3
 2010/3/23 (火) 18:02:56 - schiri - No.1268965331.3
ご説明ありがとうございます。

大変わかりやすかったです。

sich klicken のsich は自分もgoogle.deで 「klick dich」と「klick dir」の両方を打ち込ん
で調べたのですが、両方ヒットしてしまったので、わからず、辞書を引いていろいろ悩んだ
末に対格かなと思ったのですが、見当違いをしていたようです。

確かに説明を受けて、auf etwas klicken よりも durch etwas klicken の方が見るニュ
アンスを含んでいるなと感じることが出来ました。

取り敢えず、覚えるために
sich(Dativ) durch etwas klicken クリックして durch etwas を通して見る
という風にメモしておこうと思います。 文脈によって柔軟に考えていかなくてはいけない
と思いますが。

ありがとうございました。

注意ラベルのドイツ語訳 引用
  2010/2/21 (日) 20:31:18 - lyon - No.1266751878
初めまして。ドイツ語学習者です。
初めましてで、大変恐縮なのですが、お願いがあります。

次の文章が、ドイツ語として、文法的に正しいかどうか、教えていただけないでしょう
か。

VORSICHT
KLASSE 3R LASERSTRAHLUNG WENN ABDECKUNG GEÖFFNET
DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN VERMEIDEN

これは、とある機器の注意ラベルの文章で、
下記の英語をドイツ語に翻訳したものです。

CAUTION
CLASS 3R LASER RADIATION WHEN OPEN
AVOID DIRET EYE EXPOSURE

"DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN VERMEIDEN"
の部分は、
"VERMEIDEN DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN"
とするのが文法的に正しいのではないかなど、ひっかかります。

ご教授いただけないでしょうか。
よろしくお願いします。

返信1 返信-1
 2010/2/22 (月) 02:04:42 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1266751878.1
初めまして。ご質問ありがとうございました。

ご質問の文章は、「注意ラベル」の文面ですので、いわゆる完全な文にはなっていません。

VORSICHT …@
KLASSE 3R LASERSTRAHLUNG …A
WENN ABDECKUNG GEÖFFNET …B
DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN VERMEIDEN …C

完全な文とは、簡単にいえば主語と動詞が揃っているもので、今回の文ですと、Bにおい
て Abdeckung を主語にしたときの動詞がなかったり、Cにおいて主語がないので「完全な
文ではない」という言いかたになります。また、名詞が数えられる名詞の場合(可算名
詞)、冠詞がつくか、あるいは複数形の無冠詞となるのが文法的には正しくなりますが、
ラベルに表記される文というのはそのような名詞の文法も簡略化してしまいます。仮にB
を文法的に完全な表現にしようとすると:

(参考)B' WENN ABDECKUNGEN GEÖFFNET SIND

同様に、Cは、

(参考)C' DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN MUSS MAN VERMEIDEN
   (または [...] MUSS VERMIEDEN WERDEN)

などとなるでしょう。

ご質問の中心は、以下の点:

> "DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN VERMEIDEN" の部分は、
> "VERMEIDEN DIREKTE BESTRAHLUNG DER AUGEN" とするのが
> 文法的に正しいのではないかなど、ひっかかります。

にあると思われます。
これにつきましては、料理のレシピなどでもよく見られるもので、Cにあるとおり、動詞
の原形(不定形)を後置するほうが標準的です。ご存知のとおり、ドイツ語の動詞句(動
詞を中心にした語句の集まり)は、

[ Deutsch lernen ] macht viel Spaß!
Es macht viel Spaß, [ Deutsch zu lernen ].
[ Das Deutschlernen ] macht mir Spaß.

などの文に見られるように、動詞とその目的語の配列は「目的語―動詞」です(あるいは
副詞句も同じ)。つまり動詞が「常に末尾」であるということです。(上掲の例文のそれ
ぞれ [ ] で囲った部分に注目。)

ただし、通常、主語が含まれる(完全な)文(=主文)の場合は動詞は末尾ではなく、主
語と隣接する位置(文の頭から数えて2番目の位置)に置かれることと思います。これ
は、「主語がある」ということが重要で、主語が決まったことによる動詞の形の変化(人
称変化)の存在に関係します。ここから、主語がない状態(上記のCや、上掲の例文)で
は、動詞は元々の位置(つまり「末尾」)にあるという事実が導きだせます。主語がない
文では、主語にあわせた形の変化の必要性がないことから、動詞は元の位置からどこにも
動きようがないのです。主語が決まれば主語の隣に動く(配置される)ということと表裏
一体です。

ですから、料理の指示をする文も同様、特に主語は明示せず、単に「〜せよ」というとき
には、「副詞・目的語―動詞」というそもそもの動詞句の配列のまま使います。あえて主
語を Sie や man にして表現するならば

C' DIREKTE BESTRAHLUNG MUSS MAN (MÜSSEN) SIE VERMEIDEN

などと表現することに(動詞が主語の隣に配置されることに)なります。

なお、このように「主語がない」ために動詞が末尾にとどまっている動詞句のことを、特
に【不定詞句】と呼びます。似た表現に【zu不定詞句】(英語の to不定詞句に相当)と
いうのもありますが、zu不定詞句もそこには主語がありません。主語がないので【不定詞
句】であり、かつ zu を伴うので【zu不定詞句】といいます。【不定詞句】としての定義
は同じ枠組みです。

これでご質問の答えにちゃんとなっていれば良いのですが。

返信2 返信-2
 2010/2/22 (月) 07:09:07 - lyon - No.1266751878.2
迅速な対応に感謝、感激です。
どうもありがとうございました。
すっきりしました。

注意文やレシピなどは通常文と異なる文型をとるということですね。
また、主語があるなしで、動詞の位置が異なるということで了解しました。
確かに、原文の英語も完全な文章ではありませんでした。

勉強不足なため、初歩的な質問となってしまい、お恥ずかしいのですが、
このように詳しく解説していただき、大変うれしいです。
本当にどうもありがとうございました!

またよろしくお願いします!

Freut mich! 引用
  2010/1/27 (水) 21:32:08 - Hercule - <sk-sv120bl@77.netyou.jp> - No.1264595502 - 返信コールON
はじめまして。ドイツ語を第一外国語として学習している一年生です。
先日,ドイツ人の先生と朝会った際に先生はGrüß Gott!とおっしゃいました。
辞書でその意味を調べると南ドイツ、オーストリアでよく使われ、「こんにちは」とい
う訳が載っていました。
その先生にこの挨拶の語源を質問してもわからないと言われ、自分でも調べてみました
が、明確な説明は見つけられませんでした。
Grüß Gott!の語源、またどうしてこんにちは、という意味が付加されたのか教えていた
だければ幸いです。

返信1 返信-1
 2010/1/28 (木) 15:53:59 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1264595502.1
> Freut mich!
Ganz meinerseits! こんにちは。ご質問ありがとうございました。

> Grüß Gott!
> 辞書でその意味を調べると南ドイツ、オーストリアでよく使われ、
>「こんにちは」という訳が載っていました。
> その先生にこの挨拶の語源を質問してもわからないと言われ、

たしかに、この表現 "Grüß Gott!" の語源は諸説ありますので(大きく分けて、"Gott"
という語について (1) 語義どおりに解釈するものと、(2) gut が変化したものとする説
です)、はっきりとしたことは言えないかもしれません。また、私たち日本人が日本語の
いろんな表現の語源を知っているようで知らないことが多いのと同じように)ドイツ語の
母語話者だからこそドイツ語の細かな点に答えられないことはたくさんあるでしょうね。
なお、一般的には (1) で理解されることが多いようです。

さて、"Grüß Gott!" という挨拶は、"Grüß[e] [dich] Gott!" という表現が縮まってでき
たと解釈するのが一般的でしょう(もちろん、[dich] のところは [euch] や [Sie] な
ど、相手によって指し示す対象は変わります)。動詞 grüßen は直接目的語(4格目的
語)をとって「〜に挨拶する」という意味をなします(日本語では「〜に(挨拶する)」
となりますが、ドイツ語の grüßen は4格目的語をとります)。"Ich grüße dich!" や
"Ich grüße Sie!" という表現(挨拶)が、南ドイツやオーストリアに限らず使われてい
るということをあわせて覚えておくと良いかもしれません(意味は「やあ。こんにち
は。」)。この場合は、主語は ich ですので、「私」が「あなた・きみ」に挨拶申し上
げる、ということですね。

今回の "Grüß[e] [dich/Sie] Gott!" では、文の主語は Gott です。その意味では "Gott
grüße dich!" と表現しても良いのですが、このような【要求話法】では、動詞(接続
法)を先頭に持ってくることも少なくありません。いわば "Es grüße dich Gott!" のよ
うに、文頭の位置には形式主語の es があるイメージです。なお、同じように "Es lebe
der König hoch!" (「王様万歳!」; Hoch lebe der König! とも言う) や "Es möge der
Frieden auf der ganzen Welt sein" (「世界に平和がありますように」) などの用例も
たくさんあります。

ここでのポイントは、動詞 grüßen → grüß[e] が(あるいは、上で挙げた例における
leben → lebe ; mögen → möge も)接続法T式と呼ばれる形になっており、いわゆる【要
求話法・希求法】になっているという点です。他に、"Gott sei Dank!"(ここでは Dank
が1格、Gott は3格で「私たちの感謝が神に届きますように」といった意味)などの
sei が同じく接続法T式です。そこで、"Grüß[e] [dich/Sie] Gott!" は「神があなたに挨
拶くださいますように」というのが直訳になり、ここから「あなたに神のご加護がありま
すように」というような拡張的な意味もあるのでしょう。ただし、"Grüß Gott!" はそれ
自体、すでに挨拶 (Floskel) となっていますので、あまり「ご加護」云々までは考えな
くても良いのでしょうが、語源としてはそうだということです。

> Grüß Gott!の語源、またどうしてこんにちは、という意味が付加されたのか

語源については、以上のような説明でご質問への回答になっているでしょうか。
なぜこの表現が「こんにちは」の意味になるのかについては、"Ich grüße dich/Sie!" の
ように主語を明確に「自分自身」にしてはないものの、間接的に主体を Gott にしつつ、
やはり「挨拶を述べている grüßen」わけですので、そう大きな意味の変化はないのでは
ないかと思いますが、これでは気の利いた答えになっていないかもしれません。

返信2 返信-2
 2010/1/28 (木) 16:01:08 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1264595502.2
補足です。
"Grüß[e] Gott!" と同じように、動詞を接続法T式で用いる慣用句に、
・ "Behüt[e] dich Gott!" (南ドイツ; 別れの挨拶←「神のご加護があらんことを」)
・ "Gnade dir Gott!" (口語; 脅しの文句←「せいぜい神のご加護をもらうんだな」)
などもあります。

返信3 返信-3
 2010/1/28 (木) 16:40:13 - Hercule - <sk-sv120bl@77.netyou.jp> - No.1264595502.3
返信ありがとうございます。分かりやすい説明でよりドイツ語の理解が深まりました。

Behüte dich Gott!も今度使ってみたいと思います。

einen Passanten 引用
  2010/1/15 (金) 03:10:43 - ai - No.1263492643
お願いします。
私の使うテキストの問題に、以下のような文があります。

Anna fragte einen Passanten.

この"einen Passanten"は単数・複数のどちらで、何格の名詞ですか?
Passanten は複数形に思えるのですが、不定冠詞が付いているので単数のはず。
混乱しています。

返信1 返信-1
 2010/1/16 (土) 12:58:04 - 田中雅敏 - <mail@X-seminar.net> - No.1263492643.1
こんにちは。回答が遅くなりました。ご質問ありがとうございました。

> Anna fragte einen Passanten.
> この"einen Passanten"は単数・複数のどちらで、何格の名詞ですか?

まず、Passant(en) の差し引いておいて、動詞 fragen とその目的語の話からします。
この fragen は日本語でいうと「…に〜を尋ねる(「駅員さんにエレベータの場所を尋ね
る」など)」という動詞に相当します。日本語では、いま書いた例のように、直接目的語
になるのは「質問内容(尋ねたい事柄)」ですが、ドイツ語の fragen は「尋ねるために
声をかけた相手の人」を直接目的語にします。直接目的語というのは、その動詞にとっ
て、直接的にその動作・行為の影響を受ける人やモノを指しますので、日本語では「〜を
知りたい」という意味で「〜を尋ねる」と言うのに対し、ドイツ語では「尋ねる・質問す
る」というのは「誰かに声をかけてその人にアクセスすること」を指すことになります。
そして fragen では「質問内容」の部分は nach という前置詞に頼ります(例: Anna
fragte einen Passanten nach dem Weg zum Hauptbahnhof. アナは通りすがりの人に中央
駅への行きかたを尋ねた)。同じような構造をしたものに bitten という動詞があります
(Anna bittet einen Passanten um eine Hilfe. アナは通りすがりの人に手助けをお願
いする)。これも日本語とドイツ語で直接目的語として理解するものが違って(ズレて)
います。

さて、そうしますと、先のご質問について、einen Passanten とは、動詞 fragen の直接
目的語ということですから、まずは「4格(対格ともいいます)」であることがわかります。

次に、これが単数形か複数形かというご質問については、ご指摘くださっているとおりで

> Passanten は[...]不定冠詞が付いているので単数のはず。

不定冠詞が付いていますので、単数です。(→ einen Passanten は ein Passant の4格)

ところで、「混乱されている」という点(einen Passanten の "Passanten" が複数形に
見える)についてです。
これは、【男性弱変化名詞】と呼ばれる名詞(男性名詞の中の一部の名詞)の文法です。
【弱変化】と名づけられているその理由は、格変化の形にあります。たとえば ein
Passant (定冠詞つきの der Passant でも同じ)を4つの格に変化させてみます:

< ein/der Passant>
1格(主格) ein/der Passant
2格(属格) eines/des Passanten
3格(与格) einem/dem Passanten
4格(対格) einen/den Passanten

です。1格を除く格において、-en という語尾が付くのが特徴で、特に、2格の語尾につ
くはずの -(e)s が付きません。そのことから、強形の -(e)s ではなく弱形の -(e)n が
付く変化、つまり【弱変化】と呼ばれます。「弱変化」の名前の由来は、もうひとつあっ
て、それが(今回ご指摘のとおり)単数1格を除くすべての格における名詞の形が複数形
と同じ形になってしまうということです。単数と複数で形の違いを見せることで「数の区
別」をする仕組みを前提にする場合、単数と複数の形が見えない名詞については「数の区
別が弱い」ということになります。もちろん、冠詞や付加語的形容詞がついていれば、そ
れらの形から、数や格の情報はわかりますが。

さて、この【男性弱変化名詞】の見分けかたですが、以下に挙げる条件を当てはめていき
ます:

(1) 単数形の語尾が -e(n) となっている有生物(生き物)の男性名詞(der Zeuge, der
Psychologe, der Lowe, der Hase など)
(2) 単数形の語尾が -e(n) でなくても、複数形が -(e)n となる有生物の男性名詞(der
Bar, der Held, der Passant など)

です。「有生物(生き物)である」という条件が決定的で、そこからたとえば der Staat
は複数形は die Staaten ですから (2) の条件を満たしそうに見えますが、有生物(生き
物)ではないため des Staates であって des Staaten (弱変化) とはなりません。

なお、(2) の補足として、次の「外来語由来」で「人間」に関わる「男性名詞」の接尾辞
を挙げておきます:
-and, -ant, -ent, -ist, -ast, -at, -et, -it, -ot, -nom

今回の Passant は (2) の条件に当てはまります(なおかつ, -ant という外来語由来の
接尾辞つき)ので、単数形の2格で -es の語尾の代わりに -en の語尾となり、また3格
と4格でも -en の語尾がつきます。

ただし、実は、der Name や der Glaube, der Wille のように、有生物ではないのに弱変
化をするものもあります。
< ein/der Name>
1格(主格) ein/der Name
2格(属格) eines/des Namen
3格(与格) einem/dem Namen
4格(対格) einen/den Namen

これは、有生物ではないという理由から、1格のところを der Namen としてしまって、
いわば他の有生物の弱変化とは違うものとみなす流れへとつながります。つまり、1格が
der Namen だとするのであれば、2格 des Namens, 3格 dem Namen, 4格 den Namen と
なり、これは弱変化ではありません。もっとも、der Name は、現代ドイツ語でもいまだ
"Name" のほうが主流で、"Namen" は稀かもしれません。しかし、"Samen (元来は
Same)" や "Schaden (元来は Schade)" のように、すでに代替形のほうが標準的になり
かわった名詞もあります。

このような強制的に弱変化を回避したものに、中性名詞の das Herz もあり、Herz は男
性名詞ではなく中性名詞であるという時点で例外的なのですが、現代ドイツ語では次のよ
うに変化します。
< ein/das Herz>
1格(主格) ein/das Herz
2格(属格) eines/des Herzens
3格(与格) einem/dem Herzen
4格(対格) ein/das Herz

これは、うえで書いた強制的転換の結果ですので、時代の流れに沿って、以下の<T>〜
<V>のステップを踏んで,現代の形に至ることがわかります:
<Herz の歴史的ステップT = 弱変化>
1格(主格) ein/das Herz
2格(属格) eines/des Herzen
3格(与格) einem/dem Herzen
4格(対格) ein/das Herzen
  ↓ ↓ ↓
<Herz の歴史的ステップU = 有生物ではないための強制的転換>
1格(主格) ein/das Herzen
2格(属格) eines/des Herzens
3格(与格) einem/dem Herzen
4格(対格) ein/das Herzen
  ↓ ↓ ↓
<Herz の歴史的ステップV= 現代ドイツ語におけるもの>
※ステップUから、1格・4格のところだけ語尾 -en が脱落
1格(主格) ein/das Herz
2格(属格) eines/des Herzens
3格(与格) einem/dem Herzen
4格(対格) ein/das Herz


そもそも、なぜ【男性弱変化】というようなものがあるかということにつきましては、よ
くわかっていないのですが、この話は、「有生物」で「男性名詞」というのがポ
イントです。つまり、有生物ならば本来、自然の性、つまり男性と女性があり、これらの
女性形は男性名詞を元に形態が決まってくる(der Student - die Studentin,
der Held - die Heldin など)ということから、形態的な意味では《有生物の基本形は男
性名詞》だということです。なにか、このタイプに属する名詞だけが特殊な位置づけを
もっていて、名詞そのものの属性が強いために、変化形態としては弱い形で表れているの
かもしれません。

返信2 返信-2
 2010/1/16 (土) 19:51:20 - ai - No.1263492643.2
とても詳しい説明をありがとうございました。
男性弱変化名詞だったんですね!これで疑問が氷解しました。

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