ドイツ語質問箱

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慣用句 引用
  2018/10/30 (火) 14:54:35 - いちごソフトクリーム - No.1540878875
こんにちは。初めまして。
初めて質問させていただきます。
日本語とドイツ語の体の部位を使った表現の慣用句の違いについて調べています。

例えば 顔を合わせる などのことわざ

日本語とドイツ語のこのような体の部位の表現の慣用句の意味合いの違いについて何かご存知でし
ょうか、、

例えば 日本語では〜の意味だが
ドイツ語では〜の意味 など、、

何かご存知でしたらよろしくお願い致します。

返信1 返信-1
 2018/10/30 (火) 15:32:29 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1540878875.1
こんにちは。私は慣用句につきましては詳しくありませんので、先行研究などを紹介させていた
だきます。

オンラインで手に入る論文等であれば

- 伊藤眞「日独憤用句比較研究一比喩性と具象性の関係」
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=314&file_id=17&file_no=5
PDF の 915〜935 ページ
- 加藤奈美「日独対照研究. ―身体部位名称を含む慣用句を用いて」
http://www.tufs.ac.jp:8080/ts/personal/kazama/shigen/3/Kato.pdf

などがあります。伊藤さんの論文は必読です。
また、書籍であれば
- Langenscheidt 1000 deutsche Redensarten
などのことわざ集がありますので、身体部位を抽出して、日独比較をするといいかもしれませ
ん。

気の利いたことはお答えできませんが、以上、参考になれば幸いです。

雑誌記事の文法について 引用
  2018/10/16 (火) 09:26:53 - ゆうすけ - No.1539649613
田中先生こんにちは。
ニュルンベルクの貧困化について論じたSpiegel Onlineの記事についてなのですが、記事中の文章に
Das Bildungsniveau in Nürnberg liegt dennoch deutlich unter dem anderer bayerischer Städte.
とあるのですが、dem anderen bayerischen Städte の間違いではないかと思うのですが、これで
文法的に正しいのでしょうか。よろしくお願いします。

返信1 返信-1
 2018/10/17 (水) 04:48:59 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539649613.1
こんにちは。

dem は dem Bildungsniveau のことだと思います。demjenigen と表現することもできま
す。
その場合、anderer bayerischer Städte は複数形2格となり、「他のバイエルン州の都市(複
数形)のそれ(=教育水準)」となります。

dem は指示代名詞、ということになります。

返信2 返信-2
 2018/10/22 (月) 21:29:23 - ゆうすけ - No.1539649613.2
ありがとうございました。

nicht mehr als 引用
  2018/10/17 (水) 22:53:13 - ガーファンクル - No.1539784393
こんにちは
次の文の訳を教えてください。ドイツの政治家の演説だそうです。nicht mehr alsのところがよく分かりません。

Wir fühlten damals nicht mehr als Nation. Wir lebten dem Augenblick und wagten kaum an das hoffnungslose
Morgen zu denken

返信1 返信-1
 2018/10/18 (木) 00:52:48 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539784393.1
sich als 〜 fühlen で、「〜であるように感じる、〜だという気分である」という意味で
す。そこに nicht mehr (もはや〜ない) という否定表現が来ています。

返信2 返信-2
 2018/10/18 (木) 16:03:43 - ガーファンクル - No.1539784393.2
田中先生
早速の回答をありがとうございます。
重ねて質問したいのですが,
fühltenのあとにunsがなくてもご指摘の意味になるのでしょうか?
よろしくお願いいたします。

返信3 返信-3
 2018/10/18 (木) 16:13:51 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539784393.3
ありがとうございます。

本当ですね、sich (uns) がありませんでした!見間違えていました。そうしますと、sich fühlen
als 〜 ではなく、als 〜 fühlen ですね(〜としての感じ方をする)。

> Wir fühlten damals nicht mehr als Nation. Wir lebten dem Augenblick
> und wagten kaum an das hoffnungslose Morgen zu denken

私たちは、当時、もはや国家としての感じ方(物の見方など)をしていなかった。私たちは、
(国家としてではなく、一個人として)ただその瞬間瞬間を(必死に?)生きており、明日に希
望がないことなどには目をつぶって過ごしていたのだ。

という感じでしょうか。

返信5 返信-5
 2018/10/18 (木) 23:31:45 - ガーファンクル - No.1539784393.5
田中先生

よく分かりました。ご親切にありがとうございました。

文章(動詞関連)の感覚 引用
  2018/10/17 (水) 11:37:58 - szs - No.1539743878
田中雅敏先生


お世話になっております。

schoLINGUAにて、次の2つの例文を閲覧しました(vergessenのKonjunktivU
Plusquamperfekt形でしょうか?)が、
これらの文章の感覚(動詞の時制関連の感覚)が掴めません。

(1)
Tom hätte beinahe die Konferenz vergessen.

(2)
Du hättest beinahe dein Geld vergessen.

初歩的な質問で申訳ございません、ご指導お願い致します。

返信1 返信-1
 2018/10/17 (水) 12:23:48 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539743878.1
直説法では、過去のことについて、
・過去形
・現在完了形
・過去完了形(大過去)
の3通りがありますが、接続法では過去のことは wäre/hätte + 過去分詞の表し方1つし
かありません。

ご指摘の文は、大過去を表していない限りにおいて、過去です。「もう少しで〜するとこ
ろだった」

返信2 返信-2
 2018/10/18 (木) 06:59:30 - szs - No.1539743878.2
田中雅敏先生


ご回答、ありがとうございました。

ドイツ語の

◆KonjunktivU Präteritumは、

「〇〇だろう、〇〇ではないが」という基本概念、

◆KonjunktivU Plusquamperfektは、

「〇〇だったろう、〇〇ではなかったが」という基本概念、

に基づきつつ、

(シチュエーション、文脈に応じて、)様々なニュアンスの意味が生じる、

と考えてもいいでしょうか?

返信3 返信-3
 2018/10/18 (木) 10:30:37 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539743878.3
ご指摘の文法用語:
KonjunktivU Präteritum
KonjunktivU Plusquamperfekt

は、接続法の作り方によるものですね。
つまり、現在における非現実な話をする場合に、過去基本形から作る war → wäre, hatte
→ hätte などを指しているのですね。また、過去における非現実な話をする場合には、過
去完了の war gewesen → wäre gewesen, hatte gemacht → hätte gemacht の形から作
る、というように。

つまり、非現実話法は時制をひとつずつずらしますので、過去完了を表したくてもそれを
表す形はなく、結果として現在完了と過去完了における非現実な話は同じ形しかない(時
制のずれなどは表せない)ということです。

返信4 返信-4
 2018/10/18 (木) 11:43:31 - szs - No.1539743878.4
田中雅敏先生



ご回答、ありがとうございました。

1回目に頂いたご回答、
『… 大過去を表していない限りにおいて、過去です。 …』
及び、2回目に頂いたご回答、に関して、
よく理解できません。

初心者用に、もう少し、ご説明頂けないでしょうか。

(ドイツ語KonjunktivUにつきまして、ある程度心得のある英語の仮定法、若干知ってい
るフランス語の条件法等から、類推して考えているレベルです。)

返信5 返信-5
 2018/10/18 (木) 12:32:09 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539743878.5
ありがとうございます。
英語の仮定法やフランス語の条件法をご存知の上で、ご質問の内容:

> これらの文章の感覚(動詞の時制関連の感覚)が掴めません。

は、どのようなことをお知りになりたいのでしょうか。私のほうが、ご質問の意図を取り
違えているかもしれません。

ドイツ語の接続法について、どこまでは分かって、どこからが不明なのか、もう少し情報
をいただければと思います。

返信6 返信-6
 2018/10/18 (木) 15:26:41 - szs - No.1539743878.6
田中雅敏先生



ご回答、ありがとうございます。

最初に頂いたお答え「もう少しで〜するところだった」
から自分の疑問点の主だった部分につきましては理解する事ができたのですが
(beinaheとの連携でもあるのですね?)、

☆★「大過去を表していない限りにおいて、過去です」の意味、

二度目に頂いたお答え

つまり、現在における非現実な話をする場合に、過去基本形から作る war → wäre,
hatte → hätte などを指しているのですね。
また、過去における非現実な話をする場合には、過去完了の war gewesen → wäre
gewesen, hatte gemacht → hätte gemacht の形から作る、というように。

つまり、非現実話法は時制をひとつずつずらしますので、過去完了を表したくてもそれを
表す形はなく、結果として現在完了と過去完了における非現実な話は同じ形しかない(時
制のずれなどは表せない)ということです。
』の中の、

☆★
「時制をひとつずつずらします」
「過去完了を表したくてもそれを表す形はなく」
「結果として現在完了と過去完了における非現実な話は同じ形しかない」
「(時制のずれなどは表せない)」
の意味が分からないでおります。

よろしくお願い致します。

返信7 返信-7
 2018/10/18 (木) 15:56:05 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539743878.7
ありがとうございます。

>「もう少しで〜するところだった」
> (beinaheとの連携でもあるのですね?)

そうですね。「実際には起こらなかったこと」を表すわけで、接続法が使われている時点でそれ
は示されてはいるのですが、さらに補強として beinahe があれば、「もう少しのところでそれが
現実のものとなってしまうところだったが、すんでのところで回避された」ということになりま
す。

接続法は、直説法とは違い、
・そもそも現実ではないこと(非現実話法)
・真実かどうか自分ではわからないこと、あるいは真偽のほどを自分では断言したくないこと
(間接話法、発言の内容に対する責任の回避)
が表されます。

返信8 返信-8
 2018/10/18 (木) 16:07:33 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539743878.8
残りの疑問点のほうは、以下の通りです。

現時点において、架空の話をするならば、どうするか?
→ 現実ではないのだから、まるで現実的にそうであるかのような言い方はできない
→ 現実(現在)とは違う時空の話にしなれければならない
→ 現在から見て、違う時空とは何か?
→「そうだ!過去にずらしてしまおう!未来と違って、過去は誰にも変えられないのだから!」
→ 仮定法過去の誕生

つまり、
@現時点における架空(違う時間) = 仮定法過去で、時制がひとつ過去にずれています。
A過去における架空(違う時間) = 仮定法大過去。時制がさらにひとつ過去にずれます。
※過去にしかずらしません。
B過去完了における架空(違う時間) = ??? (少なくともドイツ語にはそれ以上ずらせる時制があり
ません) → 仮定法大過去を使うしかない

> ☆★「大過去を表していない限りにおいて、過去です」の意味

ABで形の上では(形式的には)区別ができないので、AじゃなければBだし、BじゃなければA
です、というぐらいの意味でした。

> ☆★
>「時制をひとつずつずらします」
>「過去完了を表したくてもそれを表す形はなく」
>「結果として現在完了と過去完了における非現実な話は同じ形しかない」

上記の通りです。

なお、

> 「(時制のずれなどは表せない)」

については、たとえば、直説法で

Bevor ich gefrühstückt habe, hatte ich mich geduscht.
(朝食をとる前に、シャワーを浴びた)

のように、主文と副文で時制がずれることがありますね(シャワーを浴びてから朝食、なのだか
ら、シャワーが大過去、朝食が過去)。これを、(具体的にどのような例文があるかわかりません
が) 接続法にしようとしても、上述のAとBの通り、過去と大過去の接続法は同じになってしま
うので、

Bevor ich gefrühstückt hätte, hätte ich mich geduscht.

のように、時制のずれが示せなくなる、というぐらいの意味でした。

返信9 返信-9
 2018/10/18 (木) 20:34:09 - szs - No.1539743878.9
田中雅敏先生



ご回答、ありがとうございました。
(二つのご回答にお礼申し上げます。)

う〜ん、深いですね。
まだ、すんなりと100%吸収できる能力がないのですが、
先生にご説明頂いた事柄は、全てノートに書き写しております。
ドイツ語、いつか曖昧でない理解に至るために、
頑張ります!!!

また質問に参ります、ありがとうございました。m(__)m

不定冠詞のついた人名 引用
  2018/10/17 (水) 14:43:42 - Opa - <メール送信> - No.1539755022
田中先生:こんにちは。意味は何となく分かりますがすっきりしないのでお尋ねします
 Das Mit-Fühlen und Mit-Leiden ist der Wesenskern seines haikai-Schaffens.
ln diesem Sinne steht er als haikai-Dichter einem Basho nicht nach, und in
diesem Sinne besitzen auch seine haikai ein Moment, daß sie allgemeingültig
macht. という文の二行目: Basho(=芭蕉)にeinem が付いています。nachstehen
の nach と関係があるのかどうかわかりませんが、初見なのでこの機会に「人名に不定
冠詞が付く理由」を教えて下さい。蛇足ながら、sein とは一茶を表します)



返信1 返信-1
 2018/10/18 (木) 00:48:04 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1539755022.1
人名に不定冠詞が付くと、「〜とかいう人」という意味になります。

Eine Maria war es, die heute vorbei gekommen ist.
(今日訪ねてきたのはマリアとかいう人だった。)

一茶は「芭蕉とかいう歌人」にもまったくひけをとらない、ということが言われているよう
です。

返信2 返信-2
 2018/10/18 (木) 06:48:20 - Opa - <メール送信> - No.1539755022.2
田中先生  おはようございます


早々に教えて頂き有難うございます。知りませんでした。

辞書における品詞について 引用
  2018/10/6 (土) 08:19:44 - みっちー - <メール送信> - No.1538781584 - 返信コールON
はじめまして。

Web検索でここにやってきました。ドイツ語初学者です。

"Der Unterricht ist aus." という文がありました。ausを前置詞と考えると文が成り立たないので、他の品詞を探してみた
ら、「副詞」がありました。「形容詞」が来るかな、と思っていたところに「副詞」しかなかったので、初めは違和感を覚え
たのですが、seinを辞書で引いてみると、「副詞(句)を伴って、(...の状態に)ある」という訳が載っていました。これな
ら、動詞を副詞が修飾して文として意味が通ることになると思います。

英語学習の場合には、最初に五文型を習ったと思うのですが、ドイツ語だと少なくとも私が学習している範囲では出てきてい
ません。こういったものを意識することは、ドイツ語学習においても有効なのでしょうか。

返信1 返信-1
 2018/10/6 (土) 11:10:27 - 田中雅敏 - <info@tmasa.jp> - No.1538781584.1
ありがとうございます。

そうですね。ドイツ語文法では「文型」を意識した教科書や参考書はほとんどないかもし
れません。ドイツ語の場合は、「文型」という代わりに「〜格支配」という言い方で、一
種の文型を区別しようとしています。

Ich liebe dich.
Ich helfe dir.
Ich entrate deiner nicht.

のように、同じ SVO でも、目的語が4格・3格・2格の違いがあり、文型としては区別が
できないか、あるいはSVO(4) / SVO(3) / SVO(2) のように別の文型としていくと文型が
増えすぎますので、lieben は4格支配、helfen は3格支配、entraten は2格支配・・・
としていくと、これは(別の用語でもって)文型を分けていることになります。

さて、aus の件ですが、Der Unterricht ist aus. の aus を、どんな別の表現に置き換えら
れるか試してみるといいでしょう。

Der Unterricht ist interessant / langweilig / gut.

などでしょうか。ここに挙がっているのは述語形容詞です。英語でも、The book you
wanted is out. (あなたがお望みの本は、現在貸し出し中です) のような言い方がありま
すね。英文法でも、この out は副詞で、be動詞の補部に来る場合には述語形容詞として
解釈されていると思います。

つまり、辞書上は、aus の品詞に「述語形容詞」というものはなく「副詞」となるわけで
すが、その用法(意味)としては極めて述語形容詞的です。

返信2 返信-2
 2018/10/6 (土) 19:34:29 - みっちー - <メール送信> - No.1538781584.2
わかりやすい解説、どうもありがとうございました。

確かに、おっしゃる通り、文型というよりは、格支配が特徴の言語なので、そこに注目すべきである、ということだと思いま
す。

本件に関して、改めて英語の文法書を開いてみたところ、原則副詞は補語にはならないが、補語として用いられることがあ
る、という例として、"Time is up./The storm will soon be over."などが挙げられていました。英語とドイツ語の違いはあ
りますが、まさに今回の例と同じです。

まだまだ初学者なので、格変化などに混乱させられているのですが、ドイツ語は思ったよりも合理的な言語なのでは、と思う
ことがあります。もっとも、この先、学んで行っても同じことが言えるかどうかは自信がありませんが。

また疑問点が出てきたら、ご質問させていただくことになると思います。今後ともよろしくお願いいたします。

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